南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  フィギュアスケート
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GPSアサイン発表。

・NHK杯のメンバー、男子とダンスが出色。全日本の開催は大阪になったので、NHK杯(長野)の観戦を考えるかも。
・デニス・テン君とブレジナ君登場。先日、世界ジュニアのEXの再放送を見て(最近、EXの存在を忘れて、4種目終わると終了と思いこみ、先月の放映は1回目見逃し・2回目F1決勝とバッティングで、一カ月遅れの視聴)、男子2~4位にわくわくした。シニアのEXは流し見だったくせに、こちらは釘付け。
・ジェーニャの名がある。先日からニュースは出ていたので、意外ではない。

この表は、今後、差し替え続出が普通で、あくまで「とりあえず」のもの。


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Category :  F1
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モナコGPでライコネンの被っていたキャップのつばがまっすぐで、おかしい、という話題がF1GPニュースで出た。
昨今の帽子のつばは婉曲しているが、自分の持っているミヒャエルの帽子は、全部、「つばがまっすぐ」である。入手が97年までなので、つばが曲がりだしたのはそれより後の出来事。

RIMG2201(2).jpg

95年初めての鈴鹿で買った。南ゲートの近くにあったDEKRAショップで。
「FORMURA 1 WORLD CHAMPION 1994」の文字が入った、ミヒャエルが95年シーズン中ずっと被っていたものなので、是非欲しかった。
これの使用頻度が最も高く(愛用していた)、雨の中で被っていたりもしたので、だいぶくたびれた。

RIMG2202(2).jpg

95年チャンピオン獲得記念キャップ。
デザインは従来と同じで、縫いとりが金色。文字が、「1994 FORMURA 1 WORLD CHAMPION 1995」。
ミヒャエルが被っている写真を見たのは、最終戦アデレードと、ベネトンの契約が残っている12月、フェラーリに初めてテストで乗った時の2度だけ。
一般用は95年の冬に発売され、今は亡きMr.Craftで買った。

非常に気に入っていたが、使用頻度が少なかったのは(06年鈴鹿は、これを使ったが)、上の通年ヴァージョンとは(なぜか)サイズが違い、自分の頭には大きすぎて、見栄えがよくなかったため。

RIMG2200 (2)

97年もの。
チームやチームスポンサーのロゴが入っている帽子は、チーム移籍後に使うのは憚るが、95年のミヒャエルの帽子に入っているロゴはDEKRAだけで、ベネトンの名は一切ない。
彼は、フェラーリからも、帽子の正面を個人スポンサーのスペースにする優遇契約をふんだくっていたため(彼以外のドライバーでは正面に置くメインスポンサー・マールボロのロゴは横に押しのけられた)、移籍後も相変わらず「デクラ帽」で、96年の帽子は、正面のロゴもつばのデザインも同じで、色が黒から赤に変わっただけだった。(正確にいえば、サイドが、ミヒャエルのサインから、マールボロとフェラーリのロゴに代わり、正面に「FORMURA 1 WORLD CHAMPION」の表示は無し)

そのため自分は、96年に新たに買わず、上記の「黒デクラ」を使い続けていたが、ひとつくらいは今のを買っておくか、と97年に購入した。
でも、一度も使っていない。赤色は、服とのバランスがとれず、身につける気がしなかったし、これも大きさが合わなかった。実用にならないので、これより後、キャップは買っていない。

・97年先走りチャンピオンキャップの謎
00年の鈴鹿で、97年先走りチャンピオンキャップを被った観客を複数みかけ、「あんな縁起の悪い(悪夢を想起させる)モノをなぜ被っているのか?」と不審に思ったが、最近事情が判明した。
どうも、残り物が、98年以降も店頭に出回り、「あのキャップの謂れを知らない、多分98年以降ファンになった人」が被っていたらしい。
考えてみれば、それしかなかった。謂れを知っていたら、よりによって、タイトルのかかった00年鈴鹿で被るまいて。

*謂れ(念のため)
97年終盤、ミヒャエルがチャンピオンシップをリードしていたため、商売人のマネージャー、ウィリー・ウェーバーが、タイトル獲得を見越して、前もってチャンピオンキャップを大量に制作・発注した。
が、結果はアレ(最終戦ヘレスで、ヴィルヌーブに体当たりして失敗、チャンピオンシップ除外の処分)で、大量に作ったキャップが宙に浮き、一部が市場に流れた。

ウェーバーは、翌年も、懲りずに、また、決定前にチャンピオンキャップを作り、結果はまた負け。
今度は、市場に流通させず処分したが、迂闊にもマクラーレンにいくつかを入手されてしまい、鈴鹿のパドックで笑いもののネタにされたとか。此方は、その話を読んで、落胆に追い打ちをかける、勘弁してくれ、とげんなりした。
以上が、「縁起の悪い帽子」という理由。

教訓。
まだ決定していないのにタイトル獲得の祝勝の準備をすると、ひっくり返される、と思っておいた方がいい。当事者でなく、関係者やファンの所業でも。
自分はこの例を、この後、03年と06年に見た。共に相手側で、「よし、最後はこっちが勝つ」とこっそり思ったら、当たった。(偶然だろって。ええ。でも、当たったんです)
Category :  F1
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自分は、03年に、「ホンダ神話 教祖のなき後で」(佐藤正明)を読み、「ホンダ神話 教祖のなき後で」 (03/7/15)・ホンダに関して思いついたこと (03/7/16)をスラスラ書いた。
その後、加筆増補して二分冊として刊行されていることを知り、そのうち読もうと思いながら、先送りにしていた。「さらば、ホンダF1」(川喜田研)を読むとき、この機会にまとめて読もう、と手配し、終了。

こちらを読むと、視点が「F1フィールド」ではなく、「企業としてのホンダ」に移動する。後半は、世界の自動車業界の合従連衡の話になるから、思考は完全に自動車業界にいく。そうすると、F1は「みみっちい話題」にすぎなくなる。

と薄情なことを言いつつ、「F1ファンとしての視点」で思いついたことがあるので、それを。

「ホンダがなぜF1撤退を決めたのか」については色々な意見があった。
失敗の本質 (09/1/19)
ホンダ撤退の本当の理由 (09/1/21)
黒井氏の記述を読んだとき、なるほどと思ったが、今考えると、これも表層的な記述で、もう一歩踏み込んでもよかったのではないか。

・福井社長のF1撤退の決断は、社長退任に当たり、後継者に負担を遺さないための「後始末」だったのでは?

佐藤・川喜田両氏の本を読み終わり、自分が03年に書いた「第3期F1は、川本氏の夢想ゆえにスタートし、後継者たちが後始末に追われている」という解釈は、まんざら外れていなかったのでは、と思う。

川喜田氏は、川本社長のF1復帰は、後任の経営陣にとって「できれば触りたくない迷惑な『時限爆弾』」だった、と結論づける。

ではなぜ、役員会はそれでもF1参戦を進めたのか?それは、「レースはホンダのDNA」という自分たちのイメージを今さら壊すわけにいかなかったからだ。裏を返せば「すでにレースは彼等のDNAなどではなかった」のに、今までのイメージから「やらざるを得なかった」のである。
「さらば、ホンダF1」

川喜田氏は、「レースはホンダのDNA」というイメージが虚像だったことを10年経って認識した旨を記すが、自分は03年時点で、現在のホンダ経営陣は「F1からひっこみがつかなくなっている」、つまり、やむをえずF1を続けている、とみなしている。
自分と同じく「ホンダF1ファン」でない佐藤氏は、こういう記述をする。

ホンダは何を狙って、オールホンダでの参戦を決めたのか。六代目社長の福井威夫は、「人材育成」と言い切る。社長がわざわざ人材育成と言わねばならないところに、今のホンダの悩みがある。業績は米国市場が好調なため順調そのものである。幸運にも国際的な自動車再編劇にも巻き込まれず、一貫して再編する側に立つことができた。

社員には安心感が漂っているが、ホンダが将来とも自主独立路線を貫ける保証は何もない。福井自身は将来に危機感を抱いているが、業績が好調な時期に、社員に危機感を共有させるのは難しい。平時にどうやって技術者に修羅場を体験させるか。福井は体験の場としてF1を選んだ。

「ホンダ神話 2」(07年6月発行)

ホンダのF1参戦の目的のひとつは人材育成、というホンダの公式発言は、これまで繰り返し読んできたが、いまひとつピンとこなかった。佐藤氏の、「創業者亡き後の求心力なき迷えるホンダ」の描写を読み進んでいくと、その流れの中の話として、納得ができる。

吉野社長以降のホンダ役員には、川喜田氏の述べるように、「自らすすんでF1をやりたい」人はいなかったのかもしれない。だが、彼等は、F1がホンダのイメージのひとつであり、F1をやめて、F1の「代わり」になるものがないことも判っていたのだろう。

「天才技術者・本田宗一郎」「F1」「国際企業」「若さ」
ホンダは世間に対してこれまで四つのイメージを振り撒いてきた。ホンダ神話は四つのイメージと右肩上がりの好業績が重なりあって形成された

「ホンダ神話 2」 
(本田宗一郎が死去し、入交昭一郎が川本との社長レースに負けてホンダを辞めた1992年時点の描写)

「F1で勝ちまくれ」が、本田宗一郎の望みであったことを、「ホンダの孫・ひ孫たち」で知らぬ者はいない。だから、撤退を強く主張する役員がいなかったのではないか。
背景には、業績の好調さがある。福井社長在任中の03年から08年まで、ホンダの業績は右肩上がりだった。儲かっている間は、F1への出費も負担にならない。
つまり、猫の首に、誰も鈴をつけにいかなかった。

福井社長は、これらを判ったうえで、「後始末」をつけていったのではないか。
自分は、福井社長について多くを知らないので、自信を持ってはいえぬが、経歴と発言を読むと、「レースが好き」な人であったように思えた。(川喜田氏は、直接的な名ざしこそ避けつつ、否定しているが)
だが、「ホンダの社長」として最も重要なのは「ホンダの将来」だから、「社長としての判断」をした。

昨秋のF1撤退発表のとき、翌春の退任は決めていたとみるのが普通だろう。
されば、自分が今ここで決めなければ、撤退の機会を逃すかもしれない。「置き土産」の繰り返しは、自分で断とう。「呪縛」を断ち切ろう。そういう判断だったのではなかったか。

F1が、ホンダのアイデンティティのひとつであったことは違いない。だが、ホンダが「万物流転の掟」を乗り越えて、将来に渡って生き延びていくために必要なものか。とりあえず、ホンダのひ孫たちは、「NO」の意思表示をした。
この判断が正解であったか否か、答が判るのは先である。

・ホンダ関連本

 

ついでに読もうかなと思っているホンダ関連本。
田中詔一氏が、「F1ビジネス―もう一つの自動車戦争」の後にまた本を出していたことを知らなかった。
Category :  F1
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ミヒャエルの評価・解釈に言及すると、書き足したり、書き直したい気持ちがずるずる出てくる。書く元気があるときは書いておこう。

ミヒャエルの卓越性について語るなら、一番目に、「人を動かす力」を挙げたい。
所謂F1ドライバーとしての能力だけでなく、この力を持っていたことが、F1史上に残る戦績を可能にした、と思う。

・Our Inspiration

「人を動かす力」の意味のひとつは、5/11に書いた、他人に「この人のために働きたい」と思わせる力である。
別の言い方をすれば、「カリスマ性」、「求心力」といった類。

我々日本人は、この件を非常に判りやすく伝えてくれる人を持っていた。ブリヂストンの浜島さんである。浜島さんの使う言葉は日本語で、かつ率直な方でいらしたので、言わんとすることが此方に伝わりやすかった。

BSは、06年の日本GPのブースに、"Michael,Our passion,Our Inspiration! Thank you!"という言葉を掲げた。
あの手向けの言葉を、誰が考えたのか、迷いなく決まったのか、考え抜いたのか、事情は知らない。
だが、あれは、BSにとってミヒャエルがどんな存在であったかのBSの表明であった、と私は解釈している。
"Our passion"は、「我らが情熱」でよかろう。"Inspiration"は、日本語でちょうどいい熟語がない。「霊感」ではない。意味するところは、「鼓舞する人」だ。

BSの餞は、ミヒャエルが、「他の者を鼓舞し、チーム全体にエネルギーを引き起こすパワー」(ロス談)をチームの人間だけでなく、チームの外部の人間に対しても及ぼしていたことを示している。
彼は、タイヤという要素がマシン戦闘力に占める割合が極めて大きく、タイヤが勝負を決めるといってもいいことを深く理解していたため、タイヤメーカーに対して強いアプローチをした。
それがため、浜島さんもフェラーリのスタッフと同じく、ミヒャエルの網の中にずっぽり捕らえられる1人になった。

・フェラーリのリーダーシップ

現代のF1チームにおいて、ドライバーという職種は、エンジニアやメカニックたち総勢数百人のスタッフを束ねるリーダーではない。トップに立ってマネジメントを担当するのは、としかさの別の人間だ。
フェラーリでは、組織のリーダーはトッドで、ミヒャエルは、組織の構図上、トッド及びロスの下に位置した。その位置にあってミヒャエルは、「トッドと自分」「ロスと自分」の間に、完璧な信頼関係を作り上げることによって、「実質的な」リーダーの1人としてチームを動かした、という解釈を、自分はしている。

彼等3人の間の信頼関係の深さは、繰り返すまでもない。これは、ロスが語ったように、人間的にウマがあった(本人の言葉は「波長があっている」)と同時に、仕事の能力のレベルが揃っていたからだろう。
此方の要求に、相手が十分応える、これが一方通行しか成立しなければ、片方は不満を持つ。彼等3人は、互いに、相手が自分の要求に応えることのできるレベルであり、3人が組むことによって、より強固で効果的なリーダーシップの形成をもたらしたのではないか。

ミヒャエルは、チームの仕事のあらゆる面に興味を持った。ドライバーとしての仕事に止まらない広い知識と見識を持っていたため、ロスとトッドは、さまざまな件に関して彼から意見を聞いた。
チームスタッフの人事についてさえ。これはロスの口が滑った、に近いと思うが、このことからは、ミヒャエルがチームメート(セカンドドライバー)の人選にも、当然に意見を述べたことが推測できる。

ミヒャエル自身は、自分がチームメートの選択権を持っていたとは最後まで公式には認めなかった。決めるのはチームだ、と。しかし、トッドは彼に意見を求め、それに対して彼は意見を述べ、彼の意見に反する決定をトッドがすることはなかったのだと思う。

チーム運営上の様々な事柄について、最終的な決定をするのは、トッドなり、ロスである。だが2人は、常にミヒャエルに意見を求め、彼の意見を決定に反映させた。
これは、絶妙なバランス、といったものかもしれない。彼等3人の間にあった極めて高いレベルの信頼関係が、この協調を可能にした、と表現しようか。

・紅いベネトン

フェラーリの黄金時代の立役者は、ミヒャエルひとりではなく、マシンデザイナーのロリー・バーン、テクニカルディレクターのロス・ブラウン、そしてチームを取りまとめるボスのトッド、この4人である、という解釈は一般的だと思う。

では、彼等をフェラーリに集めたのは誰か?
トッドを任命したのはモンテゼモロ社長で、ミヒャエルを望んだのも、社長である。
ロスとロリーを望んだのは、ミヒャエルである。

公式には、2人にオファーしたのはトッドであり、2人とも、ミヒャエルから呼ばれて来たと述べたことはない。しかし、ミヒャエルは、フェラーリに来て、トッドから、「スタッフとして君がいいと思う名を教えて」と言われたから、書いて渡した、自分はベネトンしか知らないから、リストは、ベネトンのスタッフの名ばかりになった、と引き抜きを認める発言を(しゃあしゃあと)したことがある。

ロスとロリーがベネトンを離れたのは、ミヒャエルと同様に、ベネトンでの仕事に区切りをつけ、新たなチャレンジを望んだから、だろう。そして、フェラーリという場は、彼等にとっても大いに魅力があった。ベネトンは所詮、中堅チームに過ぎなかった。

選択は、一方的なものではなく、相互のものだ。しかし、トッドがロスとロリーにオファーしたのは、ミヒャエルが望んだからであり、2人はそれに応えて、フェラーリにやってきたのだった。

・勝てる環境を作るとは

私は屡、「勝てる環境を作ることもドライバーの力のうち」と書いてきた。
「偉大なドライバーは、勝つために必要なすべての要素が自分の周りに集まるのを、ただ座って待ってたりはしない」と述べたのは、パット・シモンズだ。(03年、フェルナンドに関する評価の中)
ほとんどのドライバーは、チームがいいマシンといい戦略を用意し、運が巡ってくるのを待つ。でなければ、いいマシンといい戦略を与えてくれるチームに行きたがる。
ほんの数人の偉大なドライバーだけが、「チームが与えてくれる」のを待たず、自分で作り上げることを目指して、死に物狂いで働く。
その情熱が、他人をひきつけ、「こいつを勝たせてやりたい」と思わせる。

ミヒャエルは、自分をチャンピオンにしてくれたチームから、17年間一度もタイトルを取れなかったチームへ移籍し、その後、10年間栄華の続く強いチームを作り上げた。

チームを作り上げるとは、これすなわち「人を動かす」ことである。
Category :  F1
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遅ればせながら読了。

実は、川喜田さんからコメントをいただいたとき、記述のどの部分に対する感想なのかが判らなかった。
ブログとサイトと合わせると、相当な量の文章を書いている。全般ではなく、何か特定の話題だろう、うーむ、となった。思い当たるのはホンダに関してだが、いまいち自信がなく、ちょっと気になる。
「多分、本書を読むと判るのでは」と保留にしていたら、当たりで、合点した。

第4章「ホンダF1はなぜ自壊したのか?」の内容の多くは、自分が過去に書いたことと重なっていた。
「第3期ホンダの敗戦は「ホンダという企業そのものの変質」が根本的な原因だったと僕には思える」(P.236)とあるが、私は、03年の時点で、あっけらかんとその旨を書いている。
「ホンダ神話 教祖のなき後で」  (03/7/15)
ホンダに関して思いついたこと  (03/7/16)  

1~3章の、第3期活動の時系列の記述内容のほとんどは、過去に世に流れたもので、取り立てて目新しい情報の提供はなされていない。
F1を伝える日本メディアは、基本的に「ホンダヨイショ」だったが(川喜田さんいうところの「大本営発表」と「戦時報道」)、批判的な憶測・意見を述べる個人が皆無ではなく、ちょろちょろと出ていたし、ネットをみれば、ファンの間では、事実をついているように思える「ネガティブな」憶測・解釈が流布していた。

そのため、感じる所がこれといってなく、スイスイ読み進んだが、あと少しで終幕という処で、ある表現に、ページを繰る手が止まった。

スーパーアグリは、ホンダという父が、亜久里という母に身籠らせて産ませた子供。

口ポッカ~ン。
そうか。この言い方があったか。
これぞ、言い得て妙。

自分は、「アグリを生み出した責任は、ホンダと亜久里さんのどちらか」を論じたが、どちらかを優位に置く必要はなかったのだ。
「鈴木亜久里の挫折ーF1チーム破綻の真実」追記 (08/12/8)
「鈴木亜久里の冒険―走れ、F1ビジネス!!」  (08/5/31)

ひとりでは子供は生まれない。親は2人いていいのだ。
そして、どちらが父でどちらが母かといえば、つきっきりで赤ん坊の世話をしなければいけない母親が亜久里さんで、面倒をみるよ、と口約束をした父親が、ホンダだ。
女は、男の援助をあてにして、子供を生んだが、男は女を捨てた。女は赤ん坊を養うことができなくなり、赤ん坊は死んでしまったのだ。

こんな喩えは、今まで聞いたことがなかったが、喩えとして絶妙だ。
うけにうけ、これだけでこの本1冊の価値がある、とまで言いたくなったが、先を読むのを再開すると、川喜田さんは、更に別のヴァージョンを付け加えていた。

僕はスーパーアグリへのサポートを申し出たホンダが、生まれてくる「子供」の将来への責任を欠いたままで、鈴木亜久里を妊娠させたと思っている。また亜久里の方も、一旦「ホンダの子」を身籠ってしまえば、その先は父親であるホンダが何とかしてくれると考えて、一世一代の「勝負」に体を張ったのかもしれない。

だが、ホンダには父親だという責任感も意識もなく、その代わりに「打算」があった。彼にはすでに7年も連れ添った「BARホンダ=ホンダレーシングF1」という「本妻」がすでに存在していた。しかし、そこで養い切れなくなった「琢磨」という息子を、身籠らせた亜久里に預けることで目前の問題を片付けようとしていたのだ。


本書では、この記述の前に、BARとジョーダン2チームへのエンジン供給に関して、「BARとジョーダンによるホンダF1本妻の座をめぐる争い」と記している。
自分は、01年当時、週刊プレイボーイにあった「ホンダの本妻と愛人の争い」という喩えに転げて喜んだ。(01/03/01
本書を読んで、8年前のあの記事の書き手が川喜田さんであった、と確認できた。

・・しかし、「鈴木亜久里を妊娠させた」・・この箇所を読んだ読者のみなさん、目を剥きませんでしたか・・
私は、「いいのかよ、こんなこと書いて~」と固まりました・・自分だったら、「父親と母親」で止めて、こういう即物的(動物的)な表現は選ばないよな・・

上記のような「表現のユニークさ」を別にすれば、第4章の総括・考察も、自分には目新しくなかった。理由ははっきりしていて、根幹の部分は、昨年12月のニッカンススポーツのコラムに既に書かれていた。
あれを読んだ時点で、共感し、川喜田さんのホンダに対する思い入れも知ったので、今回は既知だった、ということである。
ゆく川の流れは絶えずして~ホンダ撤退に関して(2) (08/12/13)
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■ブラウンvsレッドブル

木曜の記者会見で、昨年後方にいたジェンスが今年タイトル候補筆頭なのは、チャンピオンシップはマシンで決まり、ドライバーは重要でない、ということを意味するのか?どう思う?という質問に対するフェルナンドの返答の中にこういうセリフがあった。

僕らは皆、F1がパッケージであることを知っている。チーム、マシン、ドライバー、エンジニア、そして運。多くの要素が、レースの勝利やチャンピオンシップの勝利に作用する。

マシンが速いことは、レースで勝ちタイトルを取るために必要だが、それ「だけ」では十分ではない。
「ニューウェイが、F1界で最も速いマシンを作る」という環境で、ニューウェイのマシンに乗らず、常に彼を相手に回してタイトル争いを続けた95~99年のミヒャエルを見続けた時期に、私の頭にはそう刷り込まれた。

彼の競争相手は、(ニューウェイの作った)マシンが速くとも、壊れたり、ドライバーがミスしたり、レースマネジメントでミスしたり、運が悪かったりして、しばしば勝利を落とした。
ミヒャエルは、相手のミスや不運につけこんで、勝利をかっさらった。

総括すれば、マシン戦闘力が明確に劣る側は基本的にはタイトルを取れない。取れる年もたまにあるが、例外的なケースといえる。
マシン戦闘力がほぼトントン、あっても僅差という場合は、他の要素がタイトルを決める。
マシンの信頼性、ドライバー、レースマネジメント、運。

スペインGPでは、ブラウンとレッドブルのスピードはトントンにみえた。
結果を決めた要素のひとつは、レース戦略だった。10年前から、ニューウェイのいるチームと、ロスのいるチームとの間のレース戦略の優劣は、ロスに軍配が上がる。

ブラウンがレッドブルより優っている要素が、もうひとつある。運だ。
ここまでのところ、ジェンスが運をしっかりつかまえていて、レッドブル側は巡り合わせがあまりよくない。

フェッテル君は、ミヒャエルを連想するポテンシャルを示している。だが、まだ若く経験が少ないために取りこぼしをする。
おっつけすぐジェンスより高いレベルにいくにしろ、現時点では、2チームのドライバーの要素は、合計でほぼトントンのようにみえる。
(念のため、フェッテル君が今シーズン中にあっというまにスーパーになって勢力図をひっくり返す可能性を記しておく)

「ブラウンvsレッドブル」の頂上対決は、かつての「ミヒャエルvsニューウェイ」を連想させて、なんだか面白い。共通するメンバーは、ロスとニューウェイ一人ずつだけで、他は違うのだけれど。
フェッテル君がロス側なら、ぴったしカンカンで転げそうだが、あいにくと反対側である。

フェラーリ・マクラーレンが後退し、違うチームがトップ争いをする図は、目新しく新鮮であると同時に、かつての馴染みの要素も見出すことができるので、自分は楽しく見ていられるのかもしれない、と思う。

■トヨタの優勝の可能性

「レースやチャンピオンシップでの勝利を決める要素は、マシン、ドライバー、レースマネジメント、運」という見方を、トヨタの優勝の可能性の話にあてはめて考えてみよう。

トヨタは、今季、「最も速いマシン」を持ってはいない。GPによって戦闘力の相対関係には変動があるが、開幕から1レースたりとも、明らかに一番速かったことはないと思う。
とすると、勝つためには、その他の要素で、自分より速いマシンを持つチームに優らないといけないことになる。

ドライバー。
あてにはできない。トヨタのドライバーは2人とも、ブラウンとレッドブルに比較して上のレベルではないし、「マシンの劣性を覆して勝つ」という芸当を期待できるのは、チャンピオンクラスのドライバーに限られる。(例:ミヒャエル、昨年のフェルナンド)

レースマネジメント。
此方が有効な手を打つのと同時に、相手がミスをしてくれることが必要だ。そうでないとマシン戦闘力差を逆転はできない。
生憎ブラウンのレースマネジメントを司るロスは、全盛期を思わせる采配で、ライバルにつけこむ隙を与えていない。

そうすると、残るは運だけである。
レースで波乱が起きたり、ライバルがミスや不運で後退したときにかっさらう、というパターンしか可能性はない、ということだ。

こう書くと、景気の悪い意見にみえそうだが、落ち着いて整理すれば、しごく当たり前で、悲観的でも楽観的でもない常識的な考え方だと思う。

上で書いた状況は、開幕時から今まで変わらないし、この先も同じである。
シーズンの最初から、優勝の決め手は「運を掴めるかどうか」なのである。

ゆえに、この先、マシンの速さでブラウンとレッドブルに追いつけないとしても、「優勝の可能性がシーズン序盤はあったが、もうなくなった」という結論にはならない。
かつての、フェラーリが盤石で、自滅する隙が全くないシーズンであれば、可能性は限りなくゼロとみなすが、現在は、盤石といえるハイレベルのチーム力を持つチームが存在しない。
残り12レースで、ブラウンとレッドブルが自滅するケースが起こりえないとはいえない。上位チームが潰れたとき、拾える場所にいれば、可能性はある。昨年のBMWもルノーもそのパターンだ。

だから、この先、開発が進まず、マシン戦闘力の相対位置がずるずる後退してしまうなら、上が潰れたとき拾える場所にいられる確率が減り、その分、優勝の可能性は減る。でも、諦めずに頑張り続ければ、報われる可能性がゼロにはならないと思う。

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「運を掴めるかどうか」が決め手、と言うと、「それじゃあ、勝っても運がよかっただけかい」と蔑む人がいるだろうが、自分の考え方は、「運を掴むのも実力のうち」である。

「運とは、自分で呼びこむもの」というミヒャエルの15年前の言葉を、私は今も、肯定している。
ミヒャエルは、とてつもない強運の持ち主だったが、同時に彼は、タイトルに対して鬼のような執着を持っていた。あれを見ると、幸運の女神も、執念で、自分の元に引き摺ってくる、と受け取っていいと思った。

ドライバーの中には、ドライビングの才能は十二分にあるが、運に恵まれず、結果がいまいち、というタイプの人がいる。
これらの「不運・悲運の主」たちが、「負けることが死ぬほど嫌い」で、凄まじい執着心で勝利にしがみつくキャラクターかというと、自分の知る限りでは、おおむね、そうは見えない。

強い運を持っているか、運に恵まれないか、は、チームではなく、ドライバー個人に属性として認められる要素なので、その点からいうと、チームは、勝利を望むのなら、「運を持っていないタイプのドライバー」は避けた方が賢明だ。彼が、「不運の女神」をチームに一緒に連れてきてしまうかもしれないからである。
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・フェラーリ本来の姿

今回のフェラーリを見て、「これが『本来のフェラーリ』なんだよなあ。収まりはいいな」。
このセリフを、F1を見始めたのが95年の身が言うのは少し奇妙だとは思う。だが「ミヒャエルが来年移籍する先がどういうチームか」が気になり、過去の情報を集め、その結果が上の理解だった。

自分自身の記憶の中には、「ミヒャエル移籍前のフェラーリのイメージ」として、アレジとベルガーが1・2で走っている最中に、アレジの車載カメラが脱落して、後方のベルガーのマシンを直撃し、それが原因でベルガーはリタイア、アレジもその後壊れた95年イタリアがあるが、これは、このチームのトラブルのほんの序の口だ。
昨年シンガポールでの給油ホースを引きずったシーンは昨年のハイライトのひとつになったが、こういったドジの類が全くなかったシューマッハ時代がフェラーリの歴史の中では特殊だった、という解釈が適切だと思っている。

フェラーリは、ミヒャエルが来る前の17年間、タイトルを取れなかった。その後、ドライバーズ5連覇を含み約10年トップレベルを保ったから、この先10年くらい無冠でも、バランスは十分取れる。

「ミヒャエルが来る前から」のフェラーリのファンであれば、自分と同じ発想は湧くのではないだろうか。そして、今のフェラーリを許容することができるのでは?
引き合いに出したいのは、阪神だ。フェラーリを阪神とみるか巨人とみるかは意見が分かれるが、自分は阪神ファンであった頃、「優勝は20年に1回だから、生きている間に3回見られればいいのよ。アハハハ」がファンの間で普通に通じた。
「常に勝つことを要求して」見るのは間違いなのである。負けるのが普通、10連勝したら10連敗するのが普通、優勝は20年待つのが醍醐味。
「阪神の魅力はダメ亭主の魅力」という説もあった。その通りと頷き、「ダメトラ」「トラネコ」その他貶しまくりながら見ていたものである。

「見始めた時期」によって認識の差異が生じるのは常である。1998年以降にF1を見始めたファンには、「強いフェラーリ」がインプットされ、現在のフェラーリがオカシく見えるだろう。
自分が見始めたときのフェラーリは、「ノロくて壊れるマシンしか作れず、現役最高のドライバーを獲得する他にタイトルを取る手段はない、と札束を積み上げてミヒャエルをベネトンから引き抜いたにしては、社長の自尊心が鼻持ちならぬほど高いヘンなチーム」だった。

ロスがフェラーリに来て暫くした頃、前に在籍したベネトンと比較してどう思ったか、という問いに対して、フェラーリのスタッフは、メディアの影響を受けすぎて、いちいち振り回されていた、という趣旨を述べた記憶がある。
レースひとつひとつの結果にイタリアメディアがぎゃんぎゃん騒ぎ、それに反応して、失敗や不振の責任をチームの中の誰かに押し付け、クビをすげかえたり、非難合戦が生じるのが、このチームの繰り返していたことだった。

ミヒャエルの移籍1年目の96年、やはりマシンが壊れまくり、メディアがぎゃんぎゃん騒いだ。チームの責任者のトッドをつるしあげ、恒例のお家騒動勃発を煽りまくった。
そのとき、ミヒャエルは、トッドが辞めるなら僕も辞める、と明言し、トッドとチームを擁護し通し、チーム崩壊寸前と言われたシーズン終盤のベルギー・イタリアで連勝して、雑音をピシャリと止めた。

なぜ自分がミヒャエルを神の如くと思ったのか、この人ほどの人は他にいまいと心酔したのか、その源は96年にある。
96年のフェラーリは、崩壊しても不思議なかった。そのチームを支え、正しい方向へ向かって懸命に働けば栄光を再び取り戻せるとチームの人々の意識を変えさせたのは、彼だった。

ミヒャエルは、今も、フェラーリのピットの中にいる。だが彼は、もはやチームのリーダーではない。
チームは、「自分たちが懸命に仕事をすれば、それに応える結果を必ず持って帰ってきてくれるドライバー」をもはや持たない。「信頼と尊敬」の対象であったエースは、もういない。

ミヒャエルのチームに対する要求は厳しかった。だが彼は、チームの人々の仕事を決して無駄にしなかった。
彼自身が、常に仕事に情熱を持ち、手を抜かず、あらゆる手だてを尽くした。身を粉にして働く、絵に描いたような率先垂範だった。
レースでは、どんなときでも決して諦めず、1ポイントでも多く得ることに執着した。「彼のミス」で、チームの仕事を台無にし、落胆をもたらすことをしなかった。必ず、チームに結果を持って帰った。しばしば、チームが彼に与えたマシンの戦闘力では到底望めなかった勝利を、彼の腕と強い運で。
だからこそチームの人々は、彼を勝たせたい、と真摯に欲し、彼に尽くし、仕事を必死でやり続けたのだ。
彼こそが、チームの人々のモチベーションの源泉だった。
この評価は、彼と共に仕事をした人々が繰り返し述べてきたから、ファンのかいかぶりではないと思う。

今、てっとりばやく、フェラーリを常勝チームに戻したいなら、一番の方策は、ロスに、チーム代表として戻ってきてくれと頭を下げることだろう。・・というのは、モンテゼモロに対する皮肉である。
モンテゼモロがそんなことをするのは、トヨタが佐藤琢磨を採用するのと同じくらい現実性がない。

イタリア人でチームを固めることを選んだなら、それを通せばよい。フェラーリはイタリアのチームだ。純血への願望はどこでもみられる。否定に値するものではない。ドメニカリが今後もチームをうまく運営できないと決めつけるのは尚早だ。評価の結論を言うのはまだ早い。
今のところは、先日までのフェラーリの常勝は、外国人(非イタリア人)にチームの指揮を任せた結果だったのでは?という指摘に止めておくものと思っている。

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大改造の甲斐あって、F60は速くなり、「お、やるな」と思わせたのに、それを台無しにする複数のドジには、笑える。
当事者たちはがっくりだろうから、笑うのは悪いと思うが、「観客としては」、笑いとばすものかと。

このチームにフェルナンドが来てもいいのかって?・・それを言わないで欲しい。聞かないふりをしたい。
真面目な話をすれば、現状では、「ここに行けば、見通しがよさそう」と思うチームがない。どこがいいのか判らない。
ロスがフェラーリに来て、ロスとコンビを組めばドリームチームだと思うが、これはない。

(ロスは、自分が走らせるドライバーとして、フェルナンドが選択肢にあるなら、彼を選ぶだろう、と思っている。昨年ホンダの時代の話だけではなく、06年からそうだから。ライコネン一辺倒のトッドに対し、ロスは、フェルナンドを評価する発言をした)
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先月、アップしそこねたもの。

なかなか見事な白のライラックがあるという話を読み、探しに行った木場公園で、先に目に入った白い花。
見覚えのない木だ。「何だろう?」と近づいた。

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プレートに記されていた名は、「マルメロ」。

これがマルメロか。

自分がこの固有名詞から連想するものは、ひとつしかない。
ビクトル・エリセの「マルメロの陽光」である。

秋になれば、実がなる。
見に来よう、と思った。
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木場公園。
初夏の花が沢山咲いていた。

植物園ではバラが盛りで、ハーブやその他色彩豊か。

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木場公園大橋下には、一面のポピーのお花畑が広がっている。
赤いポピーと青のヤグルマソウ。

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でも、やっぱり、草の花より木の花に目がいく私。

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「実のなる木」のエリアで、強い香りを放つ白い花を咲かせている樹があった。
プレートを見ると、「ダイダイ 橙」。

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エゴノキ

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<平成21年新指定国宝・重要文化財>

最初に、本館特別1・2室の特集陳列へ向かう。

・伊藤若冲「菜蟲譜」
自分がまだ若冲を知らなかった1年前に、「現代の作家の作品よ」と言われてこれを見せられたら、多分信じた。
「アハハ、実は、江戸時代の絵よ」「ええ?これが?」

「第三の男」を見たときの「映画は、この後50年何やっていたんだ?」の感想に似ているかもしれない。
若冲の感覚は、時空を超えているのだろうと思う。そういう「感心」をしながら眺めた。

・大日如来坐像(真如苑)
昨年、オークションに出て、海外流出が心配され、結局10ン億で国内の宗教法人が落札したのが話題になったアレである。重文指定となった。

すっきりとセンスのよさを感じさせる如来だが、自分の目には、修復かそれとも他の理由か「まがいもの」に見えなくもないから、見極めるのは難しいよなあ、と思う。
今回の展示が終わったら引き上げるのかと思ったが、確認すると、今後数年間、東博に預けられるとのこと。

新指定国宝・重文の展示には初めて来たが、多分、毎年の恒例なのだろう。そして、滅失しない限り、現在の国宝重文が指定を外されることはないのだろうから、国宝重文は年々ひたすら増え続けていくんだな、数が多いと希少価値は薄れそう、と妙な発想が浮かぶ。
自分は、国宝だからという理由でせっせと見に歩く趣味はないからいいけれど。
(この意識は、京奈良でお寺さんを見て回ると、国宝重文がそこら中にゴロゴロしていたため。関東に来て、それらに希少性があることを知った)

<興福寺講座>

阿修羅展の関連イベントのひとつとして、興福寺のお坊さんによる講演が平成館の大講堂で実施されている。当日先着順で、30分程度の気軽に参加できるもの。
日程をチェックしていなかったら、1階平常展の北東角の14室にいるときに、「4時から行いますので、ご参加下さい」という館内放送が流れてきた。

阿修羅展が空くまでまだ時間があるし、お坊さんの話はおしなべて上手く、退屈しない。折角だから行くか、と北翼の展示を見ながら、平成館への連絡通路へ向かう。

内容は、「興福寺創建期の歴史と中金堂再建事業について」で、「どうして再建しようとしているのか」の事情を、自分のような「何も知らない」一般人に、実に判り易く説明してくれた。

「興福寺は、創建以来、非常に火災が多いお寺で、お堂は何度も焼失し、そのたび再建して、今に至っているのです。」
これが回答。

縦軸が各お堂、横軸が暦、の年表で、お堂別に、いつ焼失して、いつ再建されたかが棒で示された一覧表を見ると、「元々あったものだから、焼けちゃったら、建て直すんです。今までそうしてきたんです。だから今回も、建て直すのが本来なんです」という説得力があるわあるわ。
講演でお坊様が上のような文言を仰ったのではないが、聴衆として、そのように受け取った。自分には、棒グラフの効果が絶大だった。

講演会場の入口で配布された資料の中には、写経用紙と振込用紙が入っていた。一口2000円。
再建事業に参加しませんか、という勧誘だが、「悪くないな」と思った。

自分がうっかりその気になるくらいだから、展覧会の期間内にそこそこ集まるのかもしれない。展覧会も、この目的で頑張っているのだろう。
2000円は、とりたてて何を買うでもないまま消える額だ。つまらぬことに使うより、興福寺中金堂の再建のために寄進すれば、ちょっとした心の満足が得られそうだ。
自分はやがて滅びて消えるが、文化として後世に残るものに、ほんの僅かでも自分が貢献したという満足感である。

資料の中のチラシの一枚に、「お堂で見る阿修羅」とあるので、何かと思えば、東京・福岡の展覧会の終了後、仮金堂で公開をするのだそうだ。(通常は国宝館のガラスケースの中)
それよりインパクトがあったのが、「北円堂内陣を特別照明で公開」。
自分が大昔に行ったとき、暗くてよく見えなかった記憶がある。時代が流れるとこうなるわけだ。

<「Story of…」 カルティエ クリエイション>

講演終了後、再び本館。見残した平常展の室を終了すると、次は表慶館。
表慶館では、カルティエの宝飾品の特別展が開催されている。
それなりに楽しめるだろう、と気楽に入場したら、出てきた自分の感想たるや、ものすごかった。

「これより、さっき本館で見た蒔絵硯箱の方が美しいわ」

自分も、若い頃は、宝石が好きだった。年と共に趣味が変わったのだが、「蒔絵の方が美しい」のセリフには、我ながら呆れた。

様々な宝飾品は、凝った照明のおかげで、どれもまばゆいばかりに煌めいていて、「目が眩みそう」という表現がぴったりだ。でも自分の感性にひっかからないから、どんどんスルーである。
周りを見渡すと、若い女性が多い。本館とは明らかに客層が違う。

宝石より美しいと言い放った蒔絵硯箱だが、本館14室の特集陳列で、いいものが並べられていて、自分は張り付いていたのであった。
蓋の裏にもデザインが施されたものは覗き込み、部屋の中をぐるぐる。なかなか次へ進めないでいる間に、講演のアナウンスで、区切りがついたのである。
「今日の東博の一番」なくらい「自分の趣味のストライクゾーン」だったので、カルティエが負けてもありだった。

30分以上かかると思ったカルティエがあっというまに終わったので、少し休憩。
それから本館ミュージアムショップ。時刻を見計らい、再び平成館へ向かった。
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4/29(祝) 午後2時 東博に入場、8時退出。

<阿修羅展>
・乾闥婆と五部浄


八部衆を端から一人ずつ見てゆき、ひとつの像の前で、「あっ」となった。
獅子の冠を被り、眉を寄せ、目をきつくとじている少年。

吉村貞二が「古仏の微笑と悲しみ」で、「獅子冠の聖少年」と書いた、乾闥婆。

私が記憶しているのは、獅子と太陽の関係を述べた箇所で、乾闥婆の描写と解釈は、はっきりと覚えていない。
だが、目を閉じたこの少年の表情には、私の足を止めさせるものがあった。
前にさしだされた両手は、あてどなく宙に浮き、まっすぐの両足は、その場に立ちつくしている。

乾闥婆と同種の雰囲気を、五部浄も持っていた。
五部浄が被るのは、象。肩から上しか残っていない少年は、室のつきあたりにひとつ置かれたガラスケースの中から、目を見開き、まっすぐに此方をみつめていた。
隣には腕の一部がある。五体が完全な形の像よりも、この姿の方が強い印象を放つ。

振り返って見ると、八部衆には少年の面を持つ像が複数ある。こういう少年のおもざしの仏像が他にあるだろうか?と考えると、すぐには思いつかない。仏像の多くは、男とも女ともいえないおもざしだ。どちらかの性別にみえるとき、年齢はもっと上のことが多い。
八部衆のように、「現実の人間の少年の顔そのまま」を映した、広く知られた仏像はないような気がする。

仏像の表情がどう見えるかは、見る此方の精神の反映だと思っている。同じものが、見る側の心持ちによって、苦悩にも悟りにも怒りにも見える。慟哭にも微笑みにも見える。

美術工芸品(芸術作品)を見るときの心得は、製作者の心情を推し量ること、と博物館の人は言う。学問的にはそうだろう。だが自分は屡、その観点を無視し、自分の内面が映し出されるにまかせ、それを自覚しながら、作品を見る。

・阿修羅

阿修羅の顔には、少年だけでなく女性の顔が同居する。その点が、他の八部衆と違う。もうひとつ、他の八部衆が持たず、阿修羅だけが持つのが、6本の腕。
蟹の足のような6本の長い腕が作り出す造形美は特異である。

阿修羅の室で、姿が目に入った最初に、こう思った。「スターみたい」
照明が、それまでの室とは異なり、暗闇の中に像が浮かび上がるように設えてある。色と輝きが幻想的で、実物感が薄い。
照明の威力が絶大であることは、認識している。まるで舞台演出のようで、ここまで作為的な演出もどうなのかね、という気分もちょっと湧いた。
魅力的にみえるのは確かで、おかげで自分もつらつらと眺めたから、「これはこれでOK」と否定はしないが。

会場入りした6時20分頃はまだ人が多かったが、時間が経つにつれ減ってゆき、「蛍の光」が流れ始めたとき、阿修羅の周りにいるのは20人程度であった。

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阿修羅展会場に行く前に休憩していた法隆寺宝物館からの光景。
正面が表慶館。入場制限の続く平成館前とはうってかわった静けさ。



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(3)天才への依存

エイドリアン・ニューウェイは、3度成功する。
今季のレッドブルRB5の戦闘力の高さは、4戦終わった時点で明らかになった。新レギュレーションで各チームがそれぞれゼロからマシンを作り上げた中で、稀代の天才ニューウェイの才がまたしても発揮された。

私がF1を見始めた頃、エンジンの馬力勝負の時代は過去のものとなり、空力が勝負の時代に入っていたと思う。そして、「エイドリアン・ニューウェイvsロリー・バーン」という、空力の専門家であるマシンデザイナー対決の構図があった。
その後のタイヤ戦争の時代、「一人の天才デザイナーが作るマシンの性能でタイトルを取る」時代は終わったかのようにみえたが、タイヤ戦争が終結し、空力勝負の時代の今、ニューウェイが再び蘇った感がある。

ニューウェイに匹敵する才は、F1界に他にいない。一人のマシンデザイナーの才に頼らずとも優れるマシンが作れるのは、レギュレーションが固定され、蓄積が活かせる期間に限った話で、極めて大きなレギュレーション変更がなされ、独創性の勝負になったときは、ひとりの才のレベルがものをいう。
この解釈によって今季のルノーとBMWの不振の説明が可能だ。
序盤4戦の総合では、ブラウンBGP001がRB5を上回ってきたが、シーズンの終わりに向け戦力バランスがどうなっていくのか、大きな注目点だと思う。

(4)時代の区切りのひとつ

「F1は、始まってからたかだか50年のイベントに過ぎない」この私の常套句の所以は、自分が知る他のスポーツのイベントでは100周年という数字が普通に出てくるがためだが、調べてみると、このわずか50年の間に、F1は変遷を繰り返したことが判る。

自分はF1を知って以降、常に視点をミヒャエルに置いてF1を見てきた。そのため、「彼の時代の終わり」の到来をいち早く勘づいた。
この「時代の終わりの認識」は、彼のファンとしての個人的なもの、と思っていた。だが、改めて考えてみると、彼の引退は、F1の世界における時代の区切りのひとつとみなす解釈をしてもいいのかもしれぬ。

2000年代初めのフェラーリの黄金時代の原動力は、彼だった。些か臭い表現をするなら、ミヒャエルは、並び称されるドライバーは誰もいない現役最高のドライバーとしてF1界に君臨し、F1界の最高のブランド、フェラーリというチームを完全に支配した、まさしく王だった。96年から06年まで11年の間の時代の主だった、ということができると思う。

これをもたらしたのは、彼個人の外のF1界の様々な要素だ。政治、レギュレーション、経済状況等の外的要素が相まって、彼の時代を生んだ。

現在進行形であるときは気づかず、のちになって気づくことは沢山ある。F1界の勢力図が固まるのは、もう暫く先だ。いや、固まるかどうかもまだ判らない。
ミヒャエルの時代、私には「信じるもの」があった。ミヒャエルその人だ。今思えば、それは根拠のない単なる「思い込み」で、彼が栄華を極め、私が失望と落胆の淵に沈まずに済んだのは、運がよかっただけである。別の言い方をしても、せいぜい、「選択が誤っていなかった」だけだ。

今の自分には、信じるものはなく、それがゆえ先も見えない。時折過去の幻を思い起こしながら、不安定な足場の上に立っているように、ゆらゆらとGPシーンを眺めている。
Category :  F1
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ヨーロッパラウンド以降、勢力図に変化はあるにせよ、現在の上位グループと下位グループが「大きく入れ替わる」ことは考えにくい。
マクラーレンは、急速なアップデートを重ね、上位に迫ってきたが、フェラーリはまだ光が見えない。

この旧2強だけではない。過去3年間順調に力をつけ、昨年3番手にきて、今年タイトルを狙うスケジュールだったBMWが、悲惨な状態だ。
昨年最終順位でBMWの次だったルノーが今年また失敗したのは自分の想定内だが、BMWも揃って失敗することは予想しておらず、注意をひく。
BMWが、昨年半ばにシーズンを捨て、09年の開発にシフトしたことは公然と知られている。開発期間とリソースの不足を、今年の不振の理由にはできない。

「何が、今季の勢力図の大逆転現象をひきおこしたのか?」

この問いに対する回答のひとつは、「レギュレーションの大幅変更」だ。
レギュレーションの大幅な変更が勢力図を変えることは過去にもある。「前年マシンの正常進化」という、従来の強豪が持つアドバンテージを奪い、新レギュレーションの「当たり」をみつけたチームが優位を得るチャンスを生むからだ。

具体的な技術の話をすれば、ひとつはKERS。メーカーチームは、KERSの開発に多大な費用と労力をかけたため、デメリットが大きくレースでの戦闘力向上に貢献しない状態でも、「やむをえず」使用して、開発を進めてきたが、現在の上位3チームは、非使用を選択した。
もうひとつが、ダブルデッカーディフューザー。3チームが「ルールの抜け穴」を利用し、7チームが利用せず、旧強豪メーカーチームは、全チームが後者7チームのうちに入っていた。

これはこれで説明になっている。しかし、ここまででは、「昨年まで上位にいた全チームが、揃って、外した」現象の解釈としては一歩足りない。

彼等は、なぜ、「全員揃って」、外したのだろう?

単なる偶然、ですますのは、自分は釈然としない。
ダブルデッカーディフューザーについては、旧強豪チームが、オーバーテイク・ワーキング・グループのメンバーで、「ダウンフォースを減らす」というレギュレーションの精神を守り(縛られて)、抜け穴を使わなかった結果、という説があり、一理あると思う。
だが、このことひとつに集約するのも疑問だ。

現在の状況は、複数の要因が複合して引き起こしたもので、変動の芽は、何年も前に生じていた。地球の表面のプレートが潜り込んでいくが如く、ゆっくりと進行していて、溜まったエネルギーが、当然の帰結として噴き出しただけだった、ということはないか?

自分の頭には、いくつかのことが思い浮かぶ。

(1)これは、「FIA×メーカー連合闘争」での「メーカー側の敗北」の一面では?

自動車メーカーたちの進出以降、FIAとの間では、争いが延々と繰り広げられてきた。
07年マクラーレンのスパイ事件、08年モズレーのセックススキャンダルの頃は、混沌状態がピークに達した感がある。

FIA側は、メーカーチームの大散財でコストが高騰しすぎた状態に危機感を持ち、コスト削減策を執拗に主張していた。メーカーチームたちのほとんどは、それを本気で相手にせず、金をつぎ込み続けた。
そこへ、FIA側の危惧の通り、経済危機が起こり、ホンダが離脱した。
FIAからすれば、「それみたことか」。自動車メーカーは、自分の都合しか考えず、F1の将来には一切責任を持たないことが証明されたのである。

この世界の権力闘争の構造は入り組んでいて、現在は、単純にFIA×メーカー連合ではなく、バーニー、そしてFOTA内(チーム間)も含め、争いはこの先も延々と続くが、今季はその「ラウンド」のひとつで、自動車メーカーたちが、自分たちの失策のツケで、こっぴどい敗北を喫した、ということ。

(2)チームのリーダーの交代

従来の二強のフェラーリとマクラーレンは、共に、昨年から今年にかけリーダー(トップ)が交代した。
フェラーリからはロスに続いてトッドが去り、マクラーレンからはロンが去った。

事柄自体は、数年前から噂されていたので、驚く人はいないが、これを二強揃っての衰退に結びつける解釈をあまりみかけないのはなぜだろう。
チームの盛衰を考えるとき、「リーダーシップ」は非常に大きな、決め手になる要素ではないか。

自分は、フェラーリに関しては、衰退の想定をしていた。マクラーレンは守備範囲外である(関心がなく、情報を持たない)ため、同じレベルで予想をすることはしなかった。
だが、トッド、ロン、フラビオ、フランク・ウィリアムズというトップチームのリーダーたちが去る日が遠くない、そのときは勢力図が維持されるとは限るまい、という漠とした思いは抱いていた。

確かに、「約30年間、4チーム(フェラーリ・マクラーレン・ウィリアムズ・ベネトン)の間でタイトルを持ち回り」していた。しかし、考えてみれば、この間、ウィリアムズにはフランクがいて、マクラーレンにはロンがいた。(フェラーリだけはこの話から除外される)

ニューウェイは、マクラーレンを去った後のインタビューで、マクラーレンというチームを、「ロンのジオラマ」だ、という表現をした。いかにロンの支配力が強いか、という喩えである。

リーダーが去った後、前任者の残したシステムは暫くの間は機能する。だがやがて変質することは免れないだろう。ひとりのカリスマが作り上げた組織が、カリスマがいなくなった後に変質することは常だ。

・・・・続く
Category :  自転車
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北京五輪の出場選手の血液サンプルの再検査を実施するというニュースを読んでから、気になっていた。
結果。陽性が出たのはレベッリンとシューマッハー。ともにCERA。

レベッリンは認めていないそうだが、ゲロルシュタイナーチームぐるみか、と受け取る人が多いのでは。
自分はといえば、「五輪のメダル剥奪なら、繰り上がりで・・アンディ、4位。やっぱりメダルなしか。もうちょっとで、ルクセンブルク初の夏の五輪メダルが手に入ったのに、かえすがえす惜しかった・・」
検査結果が出るまでは、シュレック兄弟(+CSC勢)に陽性が出ることを心配していたので、現金なもの。

ただ、北京に関して、自分には、アンディがいつになく悔しがっていたのが印象的だった。ツールでは、遮二無二ゴール争いをする姿は全く見なかったし、飄々としたキャラだという話も読んでいた。それにしては、北京では、悔しさを露骨に表していた。

以前書いたが、ある日サクソバンク勢に陽性が出ても意外には思わない。「使っていたでしょ」と決めつけているのではなく、検査で陽性が出るまでは、使っている認識なしでレースを見る。でも、出てきても、想定範囲ね、という意味である。

潔白だと思っているファンには嫌がられそうな見方だが、自分は、ランスについて、当時の検査方法では検出不能な方法のドーピングをしていた、と解釈している身だ。
思うに、どこのジャンルでも、長年見ている成熟したファンは、「この世界は清濁併せもつ」ことを納得し、キレイごとを要求しない。「現実」には「汚い面」が必ずある。それを受け入れず、純粋さ・綺麗さを求めるのは若者のすることで、年を経ると、汚い部分の存在も認めた上で対象を愛することができるようになるのだと思う。