南の国の太陽、空の色の獅子

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J sports Plusで、リエージュ~バストーニュ~リエージュの録画放送を、昨晩見た。
前の晩のF1の気分(ルノーがノロくてテンション低空飛行)がきれいさっぱりふっとぶくらい、盛り上がった。

このレースは、昨年も、シュレック兄弟が狙って攻めたが、バルベルデとレベッリンの2人にいいようにひねられてしまったのがトラウマみたいになっていたから、今年も期待半分いやな気分半分だった。
水曜日のフレーシュ・ワロンヌで、アンディは最後にレベッリンに(また)競り負けて2位だったので、調子はよさそうだが、いいところまではいっても勝てないんだろう、と。
だから、残り20kmからとびだして独走、に「アレレ?」。

後ろから追ってくるはず・・なのに、来ない。
サクソバンクのアシスト陣が高速でひきまくり、傷めつけた甲斐あって、追える力を残していた人がいなかったらしい。バルベルデがいかず、レベッリンは行きたいのに一緒に行く仲間がいなくて追いそびれたような・・
TV放送部分では、サクソバンクが完全にレースを支配していた。昨年のツールでの「強い強いCSC」を久々に見た。

ゴールの遥か前から笑顔でガッツポーズしまくり、弟に抱きついて嬉し泣きしている兄さん(勝った弟はいつもの如く飄々)の姿が、一番見ものだったかと。(TV局のスイッチャーがそう)

さて、次のTV放送はいよいよジロである。ランスは、鎖骨骨折しようと、「この人のことだから」間に合わせるだろう、と思っていたら、その通り。
どういう展開になるか、楽しめる3週間になりそうだ。
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Category :  F1
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■最も幸福な時代の面影

先週あたりから日本の雑誌にもロスの長いインタビューが掲載され始めた。記事を読みながら、改めて、安堵を抱いた。
開幕戦のP3で感じたものと同じ感覚である。

HRF1の買収劇の真相が不明で、妙な懐疑が頭に浮かんだりもしたが、それらを取り消す。ロスの本心は、15か月間の仕事を無駄にしたくなかった、15か月間力を注いで作り上げたマシンをレースで走らせたかった、それが一番だった。本人の言葉を信じていい。私の知っているロスなら、そうだから。

チームオーナーになることに魅力があったわけではない。自分がオーナーになることで、チームが存続し、作り上げたマシンが走り、仕事が報われるから、その道を選択しただけだ。
彼は、作り上げたマシンの戦闘力が高い予想をしていた。自信があった。だからこそ、走らせたかったのだ。でも、他チームとの相対関係は蓋を開けないと判らないから、全チーム中のトップである予想まではしていなかっただろう。

現在のポジションは想定以上であり、今後、ワークスチームたちがアップデートを重ねて追い上げてくることも判っている。
だから、全力を尽くしてやるだけやって、現在のポジションを保てれば、つまりタイトルを取れればそれにこしたことはないが、できなくても、大きな落胆にはなるまい。
オーナーの自動車メーカーに突然放り出され、開幕直前まで参戦できるかできないか不明だったチームの身からすれば、タイトルを取るという目標は、だいそれた目標だ。4戦やった現時点までの戦績だけで、十分な成功を収めたと言ってもいいと思う。
今年タイトルを取ろうと取るまいと、来季以降の成績が下がろうと、数年間チームが存続し、ある程度の場所で闘うことができたなら、ロスにとってこのチームで為した仕事は成功であり、満足を得られるのではないだろうか。

私は、ミヒャエルと共にいるときのロスの考えていることを判っているつもりでいたが、ミヒャエルと離れた後は、彼が何をしたいのか、判らなかった。
ホンダと契約したとき、歓迎はしなかった。HONDAというロゴのシャツを着ている姿も、ホンダの人や、日本人メディアが、「ウチのスタッフ」扱いをすることにも、違和感を覚えた。

違和感の正体は、「ロスといえども、このチームで成功することは難しいのではないか?」というホンダに対する不信である。
「貴方はイギリス人だから、判らないものがあると思うんだ。『日本人の一人として』、ホンダはやめておいた方がいいんじゃないか、という忠告を、もしできるものなら、一言したくなるな」
私のこのカンは、ホンダの撤退時点では当たっていたが、現在を見るなら、「塞翁が馬」で、外れていたことになる。

今、ロスの発言を読み、GPにいるロスの姿を見るとき、ミヒャエルと共にいる彼を見ていたときの感覚が呼び覚まされる。

私は、ロスに、絶対の信頼を置いていた。ミヒャエルを知った時から、ミヒャエルがマシンを降りるときまで、ロスに対する信頼が揺らいだことは一度もなかったと思う。

すべてのものは変わってゆく。そのことは判っている。それでも私は、「私の最も幸福な時代」の面影を、今のロスに見る。

●黄金のカルテットの終焉 (2006/10/27)
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■「視野を広く持つこと」

人間は、年を重ねると、「視野を広く持つ」ことをできるようになるのだと思う。自分を振り返ると、痛感する。ほんの少し前までの自分の視野は唖然とするほど狭かった。
今も、無意識だと狭くなるから、「広い視野を持とう」という意識を持って物事を見る努力をするようにしている。(なかなかうまくいかないが)

■文系脳の思考



人の脳には、理系と文系、二種類がある。この本は、「自分は理系オンチの完全文系脳である」自覚のある人に、とりわけお勧めだ。
著者の専攻は社会学で、「素人の一般市民の頭で考えると、地球温暖化論の理屈と主張は、ここが納得できないんですけどぉ」という話をしている。
発想の観点や理屈の展開のしかたが、文系脳のそれであるため、ついていきやすい。

「少し前、別の話が出回ったような気がするんだけど、違ったっけ・・?」が、私の地球温暖化論に対する漠とした懐疑の原因のひとつだったが、懐疑論を読み始めてすぐ、裏がとれた。
1970年代は、地球寒冷化論が主張され、「氷河期が来る」と述べる本が多数出版された、とあちこちに書いてある。「ああそう、それよそれ」である。

「専門家」や「政府」が主張し、世間に広める「科学的知見」が、年月が経ったとき、真実ではなかったとひっくりかえされることは普通に起こる。
数百年前の人々は、太陽が地球の周りを回っていると思っていた。この先、数百年後の人々が、我々が今持っている常識をひっくりかえさない、とは誰にも言えない。
人間の持っている、世界に関する知識とは、そういう性質のものだ。

社会学や歴史学といった種類の思考回路を頭の中に持つ人は、「過去に起こったことを忘れず、比較する発想」をする。この思考は、「時間軸における視野の広さ」を意味する。

著者が提示しているのは、「ものの考え方」である。
「専門家が言うから」「世間でみなが言うから」と、うのみにして、流されていいのか。それぞれが、自分の頭で考えることが必要ではないだろうか?と。



内に籠ってぐちぐち理屈を並べている後ろ向き思考のけらいのある「地球温暖化論への挑戦」に対し、こちらは、同じく文系脳でも、より現実に即した提言を述べている。

著者は、「科学」に不確実性があることを認め、「コンピュータの中で生まれた危機」という温暖化問題に対する批判も否定しない。
(コンピュータによる未来の気候予測シミュレーションの信憑性に疑義を持つのが文系脳)
その上で、日本が京都議定書を締結してしまっている「現実」を前にして、我々はどう対応していけばいいか、という問題を取り上げている。

CO2を減らすには、エネルギーの消費を抑制する必要があり、それに伴う「痛み」が必要だ。しかし、日本ではこれまでその痛みを正面から議論し、京都議定書のもたらす負担を分析してこなかった。

日本は京都議定書によって自国単独では事実上達成が不可能な温室効果ガスの削減義務を負った。

負担の実情を国民の大半は正確に知っていない。

筆者はこの本で、「地球を守れ」という視点のみから温暖化問題を語るつもりはない。「負担と効果を冷静に分析した上で、この問題を考えるべき」と強調し、京都議定書と温暖化をめぐる正確な事実を伝えたいと思う。


温暖化問題に関わる政策は、負担と効果を冷静に分析した上で決定すべきである、という著者の意見は、「環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態」(ロンボルグ)の主旨に通じる。
ロンボルグの提言も、政策は常に、負担と効果を見極めて「優先順位」をつけて実施するもので、莫大な費用を投じる地球温暖化対策の政策には、慎重な検討が求められるんじゃないか?というものだった。

そして著者は、「上からの数値目標」である京都議定書を見直し、CO2削減の政策を、霞が関の官庁製でなく、地域住民が合意を集積し、自らの意思で実行する形に変えるべき、と提言する。

一人ひとりが地球温暖化と京都議定書をめぐる事実を知り、考え、行動を始めることで、状況が変わることを信じたい。

地球温暖化対策のポイントは、つきつめれば、「今の世代と後の世代の負担のバランスをどう決めるか」である。
これについての考えが各人バラバラなのは当たり前だ。その上に、日本では、「真剣に考えてみたことがない」人が大半だろうと思う。

著者は、京都議定書は、政治家と官僚の「失政」であり、国民の意見を集めて決められたものではいという批判を述べている。
この批判は当たっていると思うが、同時に、日本の国民には、地球温暖化問題に限らず、将来を見据えて、政策決定に関与しようという意識を持つ人の割合が低いのではないかと思う。
自分自身も「受動的な国民」のひとりだ。「望むものは自分の幸福」であり、「利己的な欲望」に囚われ、目先しか見えない人間である。

自分はエコ商品を買っているとか、節電をしているとか、何かしらのエコ活動をしているという「自己満足」をしている人は、自分に限らず世の中に多いと思う。
地球温暖化の問題は、そういう話で済ませていい類のものではない。この本は、自分にそのことを気づかせた。

「バランス」の観点で言うと、「京都議定書を守りましょう」という本を並べて紹介すべきだが、このスタンスの主張は、チーム・マイナス6%のサイトですませていいのではと思う。

環境問題の考え方 (2009/2/13)
Category :  フィギュアスケート
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Jスポで世界選手権のペアとアイスダンスを(ようやく)見る。
アイスダンスの放送最後の、来季に向けての藤森さんの話が最もインパクトがあって印象に残るというのもどうかとは思うが、同じような経験は数年前にもあった。

これでフィギュアの季節は終了である。
現地観戦はNHK杯だけのつもりだったが、急遽、国別対抗戦に出かけ、とても楽しかった。
なるべく早いうちに生で見たかった選手や、今季のプログラムをできれば見たいと思っていた選手を多数見られたことに加え、各国応援席にいる選手たちの様子が滅法面白かった。あれはTVではフォローできないので、会場にいた客の特権だった。

来季はGPFがある。併催のジュニアがシニアに劣らず楽しみ。それと、全日本が代々木ではないか?と思っている。前回代々木でやったのが4年前のトリノ代表選考の年で、そろそろ戻ってきてもいい頃だから。

数年前の藤森さんのインパクトのある発言というのは、新採点になって1年目か2年目のことだ。
そのシーズン、頭を真下にして(つまり逆立ちして)180度開脚した姿勢の女性を男性がホールドするリフトを複数の組がやった。私はそれ以前から、複雑怪奇なリフトの増加傾向を好まなかったが、これを見たとき、堪忍袋の緒が切れた。
「このリフトのどこが美しいんだ!こんなもんを許すなら、私はもうアイスダンスは見ん!」
1年我慢して見たがもういやだ、と怒り狂った私を静めたのが、シーズン最後、世界選手権の放送の最後の藤森さんの「あのリフトは美しくないということで、来季は禁止されます」の一言だった。今になれば笑い話だ。

今年、OPシーズンに向け、アイスダンス委員会から、「今季はFDでドラマチックなプログラムが多すぎた、来季はドラマチックプログラムは評価しない、ダンシングプログラムにすべし」という方針が示されたのだそうだ。
「それって、政治の結果?」と疑いたくなるが、横に置くことにする。個人的に好ましい方向であることだし。
ODがフォーク/カントリーダンス、CDがタンゴロマンチカとゴールデンワルツ、というのも非常に嬉しい。なんだかんだいっても「やっぱりダンスは楽しい」のである。
Category :  F1
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・変化のスピードの速いことよ

「難しいことを考えずに目の前のレースを楽しむのが今年の見方の正解」のような気がする。
実際、「勝つチャンスを持っているのは年間通して常に特定の2~4人だけで、他は見込みがない」より、「今度は誰が勝つか判らない」ゲームの方が面白い。

ディフューザー問題の合法判決を受け、非ダブルデッカー組が対応に走りだしたが、この先の展開は、相変わらず、よめない。
ざっと見たところ、非ダブルデッカー組は、おっかけて開発しても簡単に追いつけない、と悲観的な見方の所が多いが、ダブルデッカー組は組で、楽観的とは限らぬらしい。

互いに相手をみくびっていない、という見方ですませてもいいが、トヨタに関しては、f1.panasonic.comの4/21付の尾張さんの記述がちょっと気になった。
尾張さんは、このコーナーで、「根拠のない不安を煽る」ことは書かない。浮上したのは大きな懸念ではなく、今まで、いい方向ばかり見すぎた、と慎重な姿勢に変わっただけなのかもしれぬけれど。

・ルノー

負け組の雰囲気が濃くなりつつある、「非ダブルデッカー+KERS搭載」でシーズンを開始したトップチームたちの中で、ルノーは、しゅんとしていない。
上海でフラビオは、ダブルデッカー組への八つ当たり的「口撃」でメディアのネタになりながら、他方ではダブルデッカーディフューザーを自分のプライベートジェットで運んでくるという「実戦対応」をした。

「うちは今シーズンを捨てるわけにはいかん。よそのチームは知らんけど、うちは余裕ぶっこいていられん。格好つけてられるかよ」なのだろうが、もうひとつ判断の材料になるのは、フェルナンドの発言だ。

昨年も書いたが、彼は、自チームの戦力の把握において常に客観的で、それを率直に発言する。大言壮語は言わない。彼の述べる目標は、達成可能なものだ。そのことを、彼は昨年も証明してみせた。
彼が希望を持っているのなら、我々も持っていていいのである。
(同じことを繰り返し書いているが、この「信頼」は、常に確認を要する)

・ルノーのセカンドドライバー

ひとつしか運んでこられなかった新型ディフューザーを付けたフェルナンドが予選2位で、旧型車のピケがQ1落ち、という状況に、「95年のベネトン・ルノー」「96年のフェラーリ」を連想した。
後のフェラーリのように、チーム力が向上すれば、No.2も力を回してもらえるが、チームがいっぱいいっぱいで、エースにかかりきりのうちは、No.2の境遇は悲惨である。

今のルノーは、かつてミヒャエルに対してしたのと同じように、何事もすべてフェルナンドを優先する。
そのことはフラビオも判っているから、ピケに過大な期待はしないが、最低限ラインの結果は持ってこい、というプレッシャーを掛けているのだろう。

2年目の今年は、チームに慣れて昨年よりよくなるというのが自分の予想だったが、レギュレーション変更でマシンが大きく変わったことがマイナスに作用したらしい。
マシンの性格が昨年と異なるため、一からやりなおしで、しかもオフの開発テストはほとんどフェルナンドがやり、R29に慣れる時間がないままシーズンが始まってしまった。
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RIMG2061 (2)

今の季節、白く装っている樹木のひとつがハナミズキ。
但し花びらのように見えるのは、蕾を包んでいる葉のような総包片で、中央の塊が花だとか。
これ(昨年の東博敷地内)が開いた姿で、上が、「おくるみ」状態の姿。

(4/20 写真差し替え)


Category :  F1
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私が「雑誌から (04/13)」を書いた直後、このインタビューとほとんど同じピケの発言をスペインとイタリアのメディアが報じた旨を伝える英語記事が出た。

自分は、「F1Racingの記事の引用・焼き直しか。あれ?クリケットのバット?叩くものが違うぞ?私が間違えた?」
自分の記憶力に(全く)自信がないので、確認しようと思ったら、間髪入れず今度は、ルノーが公式サイトで、スペイン・イタリアの記事は、F1Racingの記事をゆがめて伝えたものである、という声明をわざわざ出すということをした。

F1Racingを再度読んできて、「ルノーウォッチャー」を自称する立場から、解釈を少し書く。

・ピケはまた絞られて、緘口令が出たかも。やれやれ、泣きっ面に蜂だな。

ASとCorriere dello Sportの文面は判らぬが、紹介する英語記事を読んだ範囲では、F1Racingの記事との間に大きな隔たりがあるようには思えない。
発言の意図がゆがめられて伝わった、とは認められない、という意味だ。
なぜなら、F1Racingのインタビューで、彼は一貫して、チームはアロンソを中心に動いていて、フラビオは厳しく、自分の境遇が居心地のよいものとはいえない旨を述べている。

自分が読んだのは日本語版なので、翻訳が、英語の原文とはニュアンスが違う、とルノー側が主張する余地はある。だが、質問と回答をずらり並べ、全文の翻訳と思われるから、文脈を無視して発言の本旨がゆがめられて伝わることはないと思う。

記事を確認したら、スペイン・イタリアメディアは、正確に引用を行っていた。自分の記述との差異はすべて自分の記憶違いである。
「クリケットのバット」だし、質問は、「アーバインはこう言ったけれど、自分はどう表現しますか?」で、回答が「似たような感じ。アーバインの気持ちが判る」(←これも正確な文言の引用ではありません)

Q : フラビオはどんなときも公平で、いつもサポートしてくれますか?
A : 「いつも」ではないね。彼はほんとうに厳しいよ。

03年末のヤルノの発言を知っていれば、ピケの発言は、「まるっきり同じ」だ。ドライバーはプレッシャーをかけた方が仕事する、というフラビオの主義(ポリシー)は昔も今も同じなのである。

F1Racing2004年1月号を読んだ後、私は常に、ヤルノのフラビオに関する言葉を忘れることができなかった。
あれを読んだときは、本当に、青くなった。(うなされそう、と書いているが、当たっている)自分の英語力は低いから、意味を間違って受け取っていないか、何度も読み返した。(日本語版が発行されておらず、英語版を読むしかなかった時期である)
数度読んで辿りついた結論は、彼は、もうこれ以上フラビオの下にいるのはイヤなのだ、という解釈だった。

・ルノーチームの表向きのイメージと、裏にある人間関係の間の落差

自分の知る限りでは、ルノーの「表向きのイメージ」は、明るく、ラフで、人間関係も和やかで、チーム内の人間関係の問題は、あっても外部には見せないチームだった。

02~03年、エース格のヤルノが、どんなに不甲斐なくて、レースで結果を残せなくても、チーム側は、公式の場で批判めいた発言を一切しなかった。
表では(外に対しては)、庇い通した。そのことには当時ほとほと感心した。
ファンの自分が罵詈雑言怒鳴りたいのに、チームは、自分のドライバーを守る方針を徹底している、と。

しかしそれは、「表向き」の話であって、実際には、フラビオはヤルノにすさまじいプレッシャーを「常に」掛け続けていたのだった。

・私の記憶力

訂正もう一か所。
×「ドライで4日しか乗れなかった」
○「ドライで2日しか走っていなくて、テストはあと2日しかない」

なぜ、クリケットのバットがボートのオールに化けたのか、考えてみた。
多分、自分は、昔、原典のアーバインの発言を読んだとき、オールと思いこんで記憶にインプットしたのだ。そのため、今回の記事を読んだとき、「ああ、あの話」と了解し、バットと書いてあっても、その文字が頭に入らなかった、と思われる。

若い頃は、一言一句丸暗記は容易だが、年を取ると、その能力は壊滅的に低下する。記憶するのは、文面そのものではなく、その文章から自分が理解した内容になる。

オールでもバットでも意味に大差はないし、2日でも4日でも大差はない。(ちなみに2日+2日で4日と記憶したと思われる)
これでも日常生活はなんとかなるのだが、ブログに記事の引用として書く場合は、都合がよくない。今後は十分気をつけたい。
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・F1で働く日本人エンジニア

オートスポーツの、写真で色々伝えるページで、トヨタの永島勉さんとルノーの徳永直紀さんのツーショットがあり、キャプションが「99年までニスモで一緒だった旧知の仲」。
あ、そうなんだ。
永島さんは、あまり表に出てこないので、注意を払っていなかった。(スポークスマンは、高橋さん→新居さん)
ちょっと検索してみると、99年ル・マン24時間のニッサンのリリースに、「チーフデザイナー」として名がある。

F速をめくると、トヨタF1の舞台裏という新連載記事の1回目に取り上げられていた。それによると、もともとは日産で量販車のサスペンション等を作っていて、それからニスモに異動し、レースカーを作り始めることになった。
ところが、ゴーンが来て、ニスモのモータースポーツ活動が縮小され、量販車部門に戻された。レースをしたい気持ちがやまず、退社して、トヨタの採用試験を受けて合格し、国内のGTを経て、F1に呼ばれたそうだ。

徳永さんも、表に出てこない人で、04年に川井君が、「ルノーの圧倒的なスタートシステムを開発したのは、実は、元ニッサンの日本人エンジニア」と話をしながら、「他チームに引き抜かれたくないのでルノーが隠している」と、名前を言わなかったような記憶がある。
おかげで「知る人ぞ知る」人で、自分は、顔写真を今回初めて見た。

日産は、会社が潰れそうになり、ゴーンが大リストラをしたから、モータースポーツ活動が縮小されるのも必然といえる。このとき、量販車部門へ異動になり、レースをしたくて会社を辞めた人もいたわけだ。
それが、「99年までニスモで一緒」だった2人のエンジニアが、今、夫々トヨタとルノーのF1チームウェアを着て、サーキットで顔を合わせるシーンの背景にある事情。

「トヨタF1の舞台裏」の記事は赤井氏によるもので、こういうものを書かせると上手い。注意を払いつつ、選択して読むのが適切な対応か。

*断り書き*
雑誌を立ち読みした記憶で書いているので、記事の文面の引用の中には「記憶違い」で、誤った部分があるかもしれません。後日に気づけば訂正します。また、誤りのご指摘を歓迎します。
Category :  F1
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自分は、「頭が固い」部類で、変化への対応力も低いタイプなのだが、現在の勢力図に違和感はなく、すんなり受け入れる程度には、頭ガチガチではなかったらしい。

現在の勢力図は、私がF1を見始めてから今までになかったものだ。これまでは、古豪のビッグチームがトップを占めて譲らなかった。それが、現在、ものの見事に崩れている。
だから吃驚・当惑してもいいのだが、抵抗が何もないのは、「今までそうだったから、今後も同じ」とみなさず、「変化する可能性」を常に頭においていたからだろう。

時は流れ、いずれ、大きなうねりが来る。どういううねりかは判らないが、否応なく、それに押し流される。
02年を境に、「F1の危機」は絶えず話題に上った。自動車メーカーの大量参入後、従来勢力とメーカー側との激烈な闘争が展開され、いつどうなってもおかしくないという認識が養われたのではないだろうか。

フェラーリについては、「シューマッハ時代を作ったキーマンたちが抜けた後は、ガタガタになって、いい加減な元のイタリアチームに戻る」という想定を、十分すぎるくらいしていた。ミヒャエルが移籍を決めた14年前から。
05年のルノーのタイトル獲得時は、ベネトンの「ポストシューマッハーシンドローム」を改めて思い出した。

ダメになる予想を公言するのはフェラーリの人々に失礼だし、そうならない可能性もある。どちらに振れるかは、判らない。
ゆえに予想として決めつけることはしないようにしたが、ミヒャエル加入前のフェラーリの体質と、「ミヒャエルがこのチームでどういう仕事をしたか」の認識をしていれば、現在のグダグダっぷりは、完全に「想定範囲内」である。
「なるべくしてこうなった」事例であり、呆れて文句を言うほどのものではない。このイタリアチームが完璧な仕事をし、常勝チームになったのは、「旧ベネトントリオ+トッド」の外人傭兵カルテットがチームをコントロールしたゆえ、という、かねてからの説が証明されただけの話だ。

現在は「ミヒャの存在そのもの」でプレッシャーかけてるとはいえ、基本的に、ほっといたらロクな仕事しないチームなんだから。2000年鈴鹿観戦記内

現在、昨年までの2強のフェラーリとマクラーレンが、どべとどべ2で(名古屋弁で、最下位と下から2番目を意味する)、昨年まで1勝のブラウンと0勝のトヨタが1・2位という見事な逆転現象が起こっている原因は、ひとつではなく複数あると思う。
いくつかの要素が複合して、増幅し、極端な結果を引き起こしたように思える。

総括的な解釈は、もう少し時間がたってからすることにして、目につく点を記しておきたい。

・リーダーシップ

ロスが抜けたフェラーリの凋落と、ロスが率いるブラウンの活躍、このふたつの現象を並べると、「F1チームが成功するために必要なのは強力で有能なリーダーシップ」という説の強力な裏付けにみえる。
ロスは、06年をもってフェラーリを離れ、08年からホンダ(現ブラウン)に加わった。F1チームではキーマンのチェンジの効果が出るまでのタイムラグが約1年ある。

フェラーリの信頼性の低下は昨年から始まっていたが、そもそも、このチームの信頼性が向上したのは、ロスが来て、管理を始めてからである。彼が来る前までのフェラーリは、ボカスカ壊れた。
完走率をみてみる (2008.2.14)
ロスと、「オレのマシンは絶対に壊れないようにしろ!」の強烈なプレッシャーをかけるミヒャエルがいなくなれば、途端に壊れ始めてもおかしくはない。

07年はまだトッドが残って現場をみていたので、なんとかなったが、トッドも現場を離れた08年は「緩み」が大きくなり、トッドが完全にフェラーリを離脱した今年、外人傭兵たちが来る前の、イタリア人がチームのトップを務めた、チーム内ぐちゃぐちゃ、典型的イタリア人集団の時代のフェラーリに戻った。
これできれいに説明ができ、何の不審もない。自分が14年前に思い描いた通りの、できすぎの話なので、結論にするのは先送りにするが。

他方に、別の大きな意味を持つ事例がある。
「強力なリーダーシップ」を拒否し、F1村のエキスパートの欧州人には権力を渡さず、本社の管理職の人間がチームの運営をコントロールし、「自分の会社のやり方」をF1に持ち込んで、貫き続けたトヨタが、成功まであと一歩の場所にいる。

「トヨタがトヨタのやり方で」成功をすれば、「F1でこれまでにないパターン」であると私は認識してきた。
試行錯誤を繰り返し、間違いも犯し、随分時間がかかったが、今年成功すれば、彼等は胸を張れる。
評価に値するのは、結果よりも、そこに到るまでの「方法」だ。

きついことを言わせてもらうが、仮にホンダが撤退をせず、今年勝利を量産したとしても、その勝利は「ロスのリーダーシップに依存したもの」と、ホンダに対して高い評価をしなかった可能性が高い。
ホンダは、社内に、F1チームをコントロールできる人間がいない、と自分で堂々と認めた(大島氏のインタビュー)。今年のブラウンのマシンには本田技研の技術も注入されていることは事実だろう。だが、技術力と、資金があっても、それを「正しく利用して、レースの結果に結びつける」能力を、ホンダという会社は社内に持たなかった。
結果を出すためには、イギリス人に依存するしかない、「自分にはできない」ことを、自分で認めた。

トヨタが成功するなら、「F1エキスパートの欧州人たちを日本人はコントロールできない」というテーゼをひっくり返すことになるのだ。
F1参戦40周年を宣伝した先駆者ホンダは、できない、と白旗を揚げたことを、トヨタは、F1参戦計画の最初から、追求し続けてきた。
計画がスタートしてから、今年は10年目である。

■トヨタについて■
・「ザ・トヨタウェイ」 (2005.4.17)
・イギリスと日本、F1チームと自動車メーカー (2005.6.7)
・トヨタは成功するか (2006.5.3)

Category :  F1
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書店で雑誌複数を立ち読みし、メモ。

・ピケJrのインタビュー(F1Racing)

「フラビオはものすごく厳しい」「フラビオの下でドライバーをやるのは大変」であることが強調されている。
が、これは、03年末にヤルノがこぼしていた内容と、寸分同じである。まるでコピーみたい。

改めて、凄まじいプレッシャーをかけられて(追い込まれて)暮らすルノーのドライバーに同情する。ヤルノはトヨタに行って寿命が延びた。大正解の選択だった。

ピケもだいぶ堪えているようだが、07年のヘイッキが被った扱いは、ピケ以上だったのではないだろうか。彼はRDDが5年間養成したドライバーで、期待した分の反動が大きかった想像がつく。
へこたれずに、フラビオのいるGPに出勤するには、強靭な精神力が要ったと思うが、そこはフィンランド人である。現在マクラーレンで、傍目には、恵まれていないと見えるだろうが、フラビオの下にいた07年に比べれば、まだましでは、という気がしてくる。(実際にどうかは知らぬが)

フィジコとブルツの扱いも、ひどいものだった。これらを思い出すと、自分が応援するドライバーがルノーのシートを得た場合、単純に喜んでいいかは些か疑問だ。
フラビオの物凄いプレッシャーが負担にならず、平然としていた例外は、多分、2人のチャンピオンだけだ。とびきりの結果を持ち帰ってくるスーパークラス以外のドライバーには針の筵、ということである。

ピケのインタビューは開幕前に行われたもので、テストは、フェルナンドがなるべく長く乗りたがるので、自分はドライで4日しか乗れなかった、と愚痴っている。
テストでは、ピケが乗る日は須らくタイムシートの下に沈んでいるのに、フェルナンドが乗るといきなり上の方にくる、極端な傾向があった。さしずめ、新しいパーツはすべてフェルナンドが試し、「フェルナンドが速く走れるマシンを作る」方針を徹底したので、ピケが割をくったのだろう、と自分は思っていた。

インタビュー記事の最後の質問は、以前、アーバインが、シューマッハのチームメートでいることは、ボートのオールで絶え間なく頭を叩かれ続けること、というセリフを吐いたが、アロンソのチームメートでいることは、そういう感じ?
可哀そうなピケは、ノーとは返答しなかった。
Category :  展覧会
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近美の所蔵作品展にて。

・菊池芳文 「小雨ふる吉野」

4階第1室の大きなガラスケースの中に、 六曲一双の屏風がふたつ。
菊池芳文「小雨ふる吉野」と川合玉堂「行く春」。

菊池芳文は、初めて知る名。
画風そのものには、格段の個性はない。二度目からは平凡に見える可能性の高い部類だ。

だが、この屏風は、私をひきつけた。
「ああ、吉野だ。吉野の桜だ」と私に思わせたから。

吉野へ桜を見に行ったのは一度だけだ。
東京で育った自分にとって、桜とは染井吉野のことだった。白く輝く花弁の集合を桜と思っていた私の目に、赤い葉と共に咲く山桜の花は、見慣れず、地味に映った。
満開の吉野の千本桜の光景は、見事であったが、一度見れば十分だった。

母は私と同様に関東育ちだったが、華やかな染井吉野より山桜が好きで、吉野が好きだった。できるのなら、何度でも行きたいと言った。

そう言っていた母の年齢に近づいてきた私は今年、砧公園の中を歩いているとき、夏の雲の如くに咲き誇る染井吉野の大樹より、ひっそりと咲く山桜の花を、より美しいと思った。間近で見る赤い葉と白い花を、美しいと思った。

自分が再び吉野に桜を見に行くことはないだろう。もしも、吉野の桜を懐かしく思うときがあったら、ここに来て、この屏風を見ればいい。

・川合玉堂 「行く春」

玉堂の作品からは強いインパクトを受けたことがなかった。与える印象は「穏やかさ」で、色遣いも、鮮やかなものを見た記憶はない。
この屏風は、それらとは違った。

最初に、「青緑」が、目に飛び込んできた。形より先に、色。
岩肌を描いた青緑が、屏風全体を支配する。
桜は、左隻だけに枝が描かれ、右隻には、舞落ちる花弁のみ。
青緑の上に、雪のように舞う花弁。

枝を見れば、これも、山桜。

桜の季節に合わせて、この他にも桜を題材にした作品数点が展示されていたが、4階のこの屏風ふたつが素敵だった。いいものを並べてくれた。
難を言えば、「小雨ふる吉野」の正面には椅子があり、ゆっくり見ることができたが、「行く春」は、ちょうどいい位置まで下がったところに、椅子ではなく展示物の入ったガラスケースがある。
そこまで下がって見たいのは私だけでなく、数人が並んで眺めていると、係員がすっとんできて、「危険ですので、ガラスケースにはもたれないようお願いします」。
ちょっと無粋。


RIMG1961 (2)
砧公園にて

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未読。読後にメモ予定。

表紙を見て、まず思ったこと。
「あらー、この写真使うか・・肖像権ひっかかるよね。よくOK出したなあ」
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・ツンツン髪だった青年

将来のチャンピオンと嘱望されながら、低迷するチームに長く在籍して、前年まで1勝のみ、ある年突然、圧倒的に速いマシンを手に入れ、開幕からPPtoWINして、チャンピオンになった人が、かつて、いた。

若くしてF1デビューした彼の才能を高く評価する人は多かった。彼の在籍したチームは、長いトンネルからなかなか抜け出せなかったが、チームから愛され、尊重された彼は、チームを信じた。
デビューの年から数えて8年目に、彼はチャンピオンになった。齢30才。

ジェンスは、F1デビューして今年で10年目になる。デビューが20才だったので、齢は29才。
ドライバーとしてのタイプは、上の人とは異なる。ただ、「勝利に対する執着・執念、貪欲さ、炎のような闘争心に欠ける」点は、通じる。

私はいつも、炎のような意志を持つ、獅子に擬えられる人を愛したから、その要素を持たない彼等には関心がなかった。だが、彼等は、「憎めない」人々だ。
「天然」タイプなので、妬みを呼び起こさない。また、彼等は、他人の批判・悪口を言うことがあまりない。他人を貶めることがなく、コース上でも外でもフェアだ。

00年の鈴鹿で初めて見たジェンスの姿を、思い出す。
ツンツンに短い髪で、若く、清々しい青年だった。
そうか。あのときから10年か。
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