南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  散歩
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ツバキカンザクラが盛り

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カワヅザクラ
やさしい薄いピンクの花弁とみずみずしい薄緑の葉の色の取り合わせが美しい

*皇居東御苑花だより

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Category :  フィギュアスケート
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ヨーロッパ選手権の放送を見ての感想。

・アイスダンス
今季一番はカー姉弟。これまでも毎年楽しみにしていたが、今年は二重マル。
CDがいい。弟の足が特にいい。と見ていたら、藤森さんが「カー姉弟がいい」。あら、一致。
FDも素敵。ジョンが魅力的になった。

表彰式を見ながら藤森さんが、CDがなくなっても、この組(ホフノビ)がトップに来るでしょう、と発言なさったが、観客側としては、そういう話でなくて、「見て一番楽しいのはCDだから、なくなるとつまらん」のである。
CD・OD・FDのうちひとつ削るなら、FDを削って頂きたい。

・男子
新しい子みっけ。ブレジナ君。チェコ、18歳。
こちらも、放送最後に、樋口先生が名を挙げた。「これ」と思ったのが、ダンスも男子も解説者と同じというのは、鉄板すぎで、面白みはないのかも。

・ブライアン
FPの出来をもう少し上げれば、この人がチャンピオンで丸く収まるのではないか。SPは文句ない。
でも、「SPとFPの2本を、ミス少なくまとめる」ということが、口でいうほど簡単にはできないんだよな。

そして、FPのTESで点を稼げない。要するに、「4回転を跳ぶ能はあるが、他の能は劣る」ということなんだろう。得手不得手というものがあるわけで。
ただ、今の現役を全員並べて、「旧採点法」で順位をつけたら、「基礎になる評価」で、彼を一番にするジャッジが多いんじゃないだろうか。
彼は、ジャンプが明確に他者より優れる。そして、最初は「走って跳ぶ」だけの選手だったが、キャリアを積む間に他の面での評価も得るようになった。
あれだけ4回転の成功率が高い選手であれば、スピン・ステップがさして上手くなかろうが、コンビネーションのレベルが落ちようが、「技術点」で他選手より下につけるジャッジがいるか?
彼の演技は、「技術点が高く、芸術点が低い」タイプだ。ブラウニングやストイコと同類で、いずれも、キャリアが進むに連れて芸術点を上げた。

新採点法のTESとPCSは、ざくっとみると、旧採点法の技術点と芸術点に当たるが、昨年世界選で、ブライアンがバトルに「TESでボロ負けし、PCSで勝った」のは、大外れも大外れだ。

「旧採点法の時代に育った」ブライアンが、新採点法に対応できずに、この先金メダルを取れなくても、致し方ない、ということになるんだろう。
年齢を考えると、バンクーバーで彼に金を望むのは無理がある。バンクーバーは、次の世代が取るのが妥当だろうと思う。「時代は流れていく」のだ。

けれど、表彰式での美しい瞳を見たとき、この顔を五輪で見られたらなあ、という淡い望みが湧いた。
(私の美意識では、見目形のよさで、この人と勝負になる選手は、ひとりもいない。最初に見た17のときは美少年で、「綺麗な」顔だこと、と思っていたが、24になった今は精悍さが増して素敵な青年になった。きっと、これからもっと年をとっても素敵だろう。但書:太らなければ)
Category :  展覧会
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文芸春秋08年12月号掲載の「フェルメール展 名画争奪の現場」(秦新二)をようやく読む。
(読もうと思ったら、次号が出ていて、図書館は予約が詰まっていた)

昨年93万人を動員した都美の「フェルメール展」を企画した人物、秦新二氏が、いかにして7枚のフェルメールを集めたか、を記した記事である。

フェルメールを借り出すには、なりふりかまわず、あらゆる手を使ってふんだくってくる必要がある、自分は今までそうして成功してきた、と鼻高々に自慢している。
やったこともさることながら、「苦労が報われた」と満足の意を表しているさまを、なんといえばいいのだろう。「浅ましい」というのが当たっているか。今流行りの表現を使うと、「品格が欠片もない」話である。

名画が、海を渡り、多くの人が鑑賞する機会が増えることは、悪いことではないと思う。だが、所蔵する美術館が、館外に出したくない、というのなら、その意向を尊重するものではないか。あの手この手でしつこく説得し、なんとしても貸し出させよう、という振る舞いが、褒められたものとは、自分には思えぬ。
出さないという方針の美術館に対し、金を積み、はたまた政治権力者に手を回し、その圧力で出させた、というのが、素晴らしい話か?

フェルメールの展覧会を企画する世界の美術館学芸員のあいだには、いくつかの暗黙の了解がある。そのひとつは、ローン・リクエスト(貸し出し依頼)を出してはいけない作品が三点あるということだ。その三点とは、フェルメールのもっとも有名な風景画<デルフトの眺望>と<真珠の耳飾りの少女>(ともにマウリッツハイス王立美術館所蔵)、<牛乳を注ぐ女>(アムステルダム国立美術館所蔵)だ。
ところが、私たちは、当時の小渕恵三首相からオランダの首相へ手紙を書いていただき、<真珠の耳飾りの少女>を大阪での展覧会に出品することに成功した。しかし、この「事件」はさまざまな波紋を広げ、今後この作品は半永久的にマウリッツハイスから動くことがなくなった。


「動かせない作品を、この私が動かしてみせたんです。そして、その結果として、今後は、もう誰にも動かせないんです。どうです、すごいでしょ」と言いたいのか。

<牛乳を注ぐ女>は、07年に新美に来日している。このときの事情は、予算に腐心した当時のアムステルダム国立美術館の館長が、「金」を見返りに貸し出しを決めたが、直後に、館長を辞めた、原因は貸し出しにあるのではないか、と主張している。
「もともとこの作品はアムステルダム国立美術館とオランダ文化省の間で、大陸間の移動は駄目、海を渡ってもいけないという特別な取り決めがある」からだ。

秦氏の、今回の展覧会の目標は、「できる限り多くのフェルメールの作品を集めること」だった。具体的には、00年に(自分が)大阪の展覧会で集めた「5点」を上回る数を集めること。
内容は考慮の外。とにかく「数」。ご本人が、堂々と述べている。
最終的に、「空前絶後」の7枚をかき集めたことに悦に入り、美術館の館長や学芸員たちから、すごいと言われることに大いに満足した、という自画自賛で原稿は終わっている。

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秦という人物について、少し検索し、財団ハタステフティングの公式サイトをみつけ、正体がおぼろげに判った。

この人物にとっては、「借り出す難易度の高い作品を、より多く集め」、「観客動員数が多い」ことが、「成功」なのだろう。
彼の「成功」は、作品を鑑賞しに会場へ足を運ぶ群衆の一人である自分には、何の関係もない、まったく別の価値観の話である。

秦氏の記述には、バブル時代に、有名な西洋絵画をオークションで超高額で落札し、日本に持ち帰った日本人たちの心の貧しさと共通するものを感じる。
日本では、景気が悪くなれば、「文化」が、真っ先に予算を削られる。景気のいいときだけ、後先考えず多額の金を浪費し、長期的な維持や育成には考えが及ばない。それが日本という国であり、日本人だ。

数十年前までは、日本の一般庶民には海外へ旅行する機会がほとんどなかった。その時代に、海外の美術品を購入したり、借りてきて、展示することは、価値が認められる活動だったと思う。
だが今は、海外旅行は特別に難易度が高い行為ではない。かつてと比べ、敷居は遥かに低くなった。
名画を見たい人は、現地へ行けば、かなう。日本でゴッホやフェルメール展を開催するとけっこうな人数が集まるが、それらの観客の心理は、動物園にパンダを見に行ったり、多摩川へタマちゃんを見に行くのと同種のように、自分には思われる。
動機は、「流行りだから」「話題になっているから」。

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改めて確認すると、ここ数年の間に、フェルメールの作品が続けざまに来日していることが判った。
30数点しかない全作品中、累計10数点ときては、来日ラッシュもいいところだ。ここまでくると「バブル」に見える。
今年も、西美のルーブル美術館展に1枚出るが、これも人が集まるのだろうか。(そろそろ飽きてこない?)
Category :  F1
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■R29
テストでずっと最下位にいるので、さっさと見切ったら、2/13のヘレステスト最終日では、そこそこの順位につけた。
実のある話なのかそうでないのか、まだわからない。

自分の見切りも、以前の切実応援心理がなくなり、「ダメならダメでしょうがない」という悟りの境地、だと思う。
感情移入をせず、「自分でどうにかして下さい」という薄情心理。
といっても、これを悟りと呼べるかは怪しい。成績悪いと機嫌悪いんじゃ、悟ったうちには入らないよなあ。

■USF1
ウィンザーが、今も夢はチームオーナーになること、と述べていたのは、2004年春だった。(04年4月覚え書き)USF1のニュースを読んですぐ、「あのときそう言ってたなあ」と思い出した。

■Racing on 3月号
マクラーレンF1の特集で、96年JGTCにもページが裂かれている。
かの「蛍光ピンク」の写真がどーんと大きく載っている。懐かしい。
郷さんの記事の内容は、ほとんどそのまま「勝利のルール ル・マンを制した男 郷和道」に書いてある。(あの本を読んでいさえすれば、私でも書けてしまう記事なので、実際、あの本で作ったのでは)
服部等によるラルフの想い出話は、以前にされたものの繰り返しが多いが、ちょっとニュアンスが違うものもあるので、一瞥してもいいかと思う。
Category :  F1
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■ ルノーR29はノロい。

発表直後の報道で、オフの間存在した「今季タイトル争いをする」淡い夢はあっさりふっとび、その後はニュースを淡々と読んでいたが、そろそろ「いやでも」現実がはっきり迫ってきた。

「フジテレビNEXTを視聴できなくてもよかった、ということになりそう」
後方を走って画面に映る機会が少ないなら、LTだけで足りる。LTも見る気力なくなるかも。楽しくなくて、ストレスになるだけだから。
NEXTを契約しても、予選も決勝も途中までしか見なかったりして。

当初予定通り、「今季のメインは自転車」。なんてったってランスがいる。(アンディ君は先の楽しみ)
・・なんて見方が自分にできるなら、楽なのだけれど。

ともあれ、「今季は終わり!来年!」という見切りは、昨年より更に早い時期にするだろう。(つまり開幕戦)
今季は、開幕時の戦闘力差をシーズン中に詰めることは難しいとみた方がよい。「最初に根本的に間違えた」マシンは、修正しても限度がある。

実のところは、腹の中では、開幕を待たず、現時点ですでに見切っている。


■ 日本人がカモられてる、のか?

HRF1について、私は、金の出し手がいないから存続しない、と予想したが、どうも情勢は逆らしい。正式発表はまだだが。

してみると、「バーニーは、グリッドに20台並べなければならない」という契約は存在し、ロスとフライはそれを知っているゆえに、存続に自信があったのかもしれない。バーニーはいやでも協力せざるをえない、と。
そして、現在、F1村には、チーム数を減らすことを回避しようという方向性があり、それを利用することができた、とか。

ニック・フライが、チームを手に入れようとしている、という説が流布したとき、自分が考えたことはこうだった。
「この説を堂々と書く日本人ジャーナリストたちの、『F1村に対する劣等感』は、凄まじいな。
ここまでくると、惨めの極みで、呆れるやら、哀れになるやら。この説はつまり、ホンダが、一イギリス人に手玉にとられた、ということでしょ?ホンダをそこまで貶める見方ってありなの?
事実なら、ホンダは、いや、日本人は、金輪際、F1に鼻を突っ込まない方がいいぞ。盛大にカモられるだけ、ということだから。
私は、ホンダを応援してはこなかったけれど、『日本人として』、こんな滑稽な喜劇は勘弁してもらいたいもんだわね」

その「日本人が盛大にカモられる」話が、進行中らしい。
そして、泣きっ面に蜂で、佐藤琢磨も、「レッドブルサイドから、いいようにあしらわれている」感がある。

こちらも、実際の事情・経過が判明しておらず、マテシッツとトストに、佐藤を振り回して、搾れるものを搾ろうという計画が最初からあったとは限らないと思う。そう推定するには、まだ材料が足りない。
だが、レッドブル側には、そうする理由があるし、現実の結果はそうなった、と此方の目に映る。

まずは、HRF1の結果の発表を待つとしよう。
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■ 「政策」の評価・選択と、「個人の基本的生活の方針」の選択は、別ものである。

私は、「地球温暖化を防ぐためCO2を削減しましょう」という運動に参加しよう、と思ったことがない。
「チームマイナス6%」が目につきだした頃、個人に対する推奨行動リストを一瞥し、「自分に関係ない」と思った。

エアコンをできる限り使わないのは昔からの主義で、自宅の暖房の設定温度は19度である。
数年前から、スーパーに行くときは買い物袋を持参するし、ゴミの分別はルール通りやっている。
電気ガス水道料金には「定番の節約術」があり、自分に合ったものを選び、負担を感じない範囲で実行している。
自家用車は10年前に手放した。

これらは、「地球温暖化を防ぐためCO2を削減しよう」と思ってやってきたわけではない。一部は子供のときに身についた生活習慣であり、一部は「個人の価値観や哲学」の反映だ。

限りある資源は大事に使うもの。水道は出しっぱなしにしない、使わない場所の電灯は切る、冷蔵庫のドアはすぐ閉める、といったことは、子供の頃、母親から躾けられた。
ゴミの出し方のルールは、地方自治体によって異なるし、変更がある。その都度確認をして、暮らす地域のその時々のルールに従う。これは、生活をしていく上で当たり前のことだった。

「こういった生活習慣が当たり前であった時代」は、私の世代で終わっているという現実に、改めて気づかされる。

政府やNHKをはじめとするメディアが、国民ひとりひとりがCO2を削減する努力をしましょう、と呼びかける光景に、「胡散臭さ」を感じ、一歩引くのもまた、「私の世代の感覚」ではないかと思う。

水や電気を節約しましょう、ということ自体は結構だが、個人の日常の生活習慣に対して政府から指図されることは、是としない。
戦時中の「欲しがりません勝つまでは」を連想するとまではいわぬが、政府が口を出すことではない、という考え方がある。

かつ、自分は流行・ブームに背を向ける気質の人間で、世の中が一つの方向に盛り上がると、「数年前まで別のこと言ってなかったっけ?」と冷めた目で見たくなる。

こういう風に疑いを持ったのは、自分だけではなかった。暫くしたら、環境政策に対する懐疑論がポツポツと出てきた。
レジ袋削減にはCO2削減の効果がない等のエコ活動批判から、京都議定書を順守してもCO2排出軽減に実質的な効果がなく日本が不利益を被るだけ、という京都議定書批判、はては根本である地球温暖化論の予測に対する疑義まで、程度は様々。
読んでみるか、と思ったが、「偽善エコロジー」は、ベストセラーになっているおかげで、図書館の予約冊数が半端でない。何か月も経ち、忘れた頃に、順番が回ってきた。

こういう話は、1冊読んでも意味をなさない。のそのそと読み進んで、上の3冊を終了した。
次に予定しているのは、以下。
(図書館の)予約は入っていないので、世間のニーズは薄いらしい。終わったら、できればメモを記したいと思う。


Category :  フィギュアスケート
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■男子

シーズン前半、ぶちぶち文句を言っていたが、全米と四大陸の放送を見て、回復した。
私はまだ、スケートを見続けられる。いや、はなからそのつもりで、観戦する気がなくなるときが来たら困る。

高難度ジャンプを1本2本やってみせるより、全体通しての完成度が高い演技の順位を上にする、という現在の採点の価値観に、自分の価値観がようやく「歩み寄り」、反発・拒絶が弱まったと思われる。
以前に書いたように、「どういう演技をよいとみなすか」という価値観が、旧採点法と新採点法とでは、赤と黒くらい違うから、新しいものになかなか同意できず、容認・肯定するには時間が必要だった。

男子は、跳んでなんぼだ。SPで3-3しか跳ばない男がチャンピオンなんて冗談じゃない。FPで3Aまでなぞ問答無用で却下。3Aなら女の子でも跳ぶ。
それゆえ、SP・FP両方で4回転を跳ぶブライアンにチャンピオンになって貰いたいと思ってきたけれど、彼が、4回転「だけ」に拘り、他の要素で点数を稼ぐ努力と工夫をしないなら、「王者に相応しいのは彼」という主張はひっこめる。

感情としては、「がんばってちょーだいね。・・ダメなら仕方ないと諦めます」
今年の世界選については、「勝たなくていいです。いえ、勝つと、バンクーバーが悲観的になるから、やめといて」
理由は、いわずもがな。「五輪前年の世界選手権覇者は、五輪で金メダルを取れない」という男子Sのジンクスは、延々と続いている。

現在のジャッジの行う「滑りの質の評価」に、自分はかなり一致をみている。
パトリック・チャン君は、ジュニアで最初に見たとき、チェックを入れ、注意を払ってきた。
昨年NHK杯の日曜の会場で、最も目をひいたのは、ポンセロ君だった。FPは、直前滑走の無良君が「絵にかいたようなジュニアの滑り」で、ポンセロ君が、演技を始めて最初に目の下のリンクをすーーっと横切っていったとき、そのひと滑りだけで判る「質の違い」に、吃驚した。

現在、男子上位陣の実力はドングリの背比べで、全員安定性に欠けるので、今季の世界選の順位は、「当日の出来次第」になるのではないか、と思う。
若手選手たちには「伸びしろ」があるので、半年おいて、来季が始まったら、誰かが混戦から抜け出す可能性も大いにある。バンクーバーがどうなるか、楽しみに待とう。

それと、東京のGPFが俄然楽しみになった。皆さん、回避せずに来てね。
(05年は、辞退が相次ぎ、補充できずに5人でやった、いやな思い出がある)
Category :  その他
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先月、図書館に行ったとき、筑紫哲也の手記と併せ、共にがんを患っている立花隆と鳥越俊太郎の記事(手記・対談)を、文芸春秋で読んだ。
このとき、自分が軽いショックを受けたのは、「名だたるジャーナリストであるこの人たちですら、『自分自身のがん』に関しては、客観性を見失うのか」という点だった。


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Category :  展覧会
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■東京国立近代美術館 所蔵作品展公式サイト

今月の収穫は、小杉放菴。
「椿」に、「ピ」とくる。
椿の枝ぶり、椿の幹と同じ文様の猫の佇まい。灰色、白、紅、の調和。

帰宅して、所蔵作品総合目録検索システムで小杉の作品を確認すると、前回、「青鸞」が出ていて、羽の描き方が気に入らないなあ、と○を出さなかったことが判り、ギャフン。
作品全部を気に入る例は稀だから、色々見てみないと。折よく出光美術館で展覧会があるので、さっさとチケットを手配する。
「小杉放菴と大観」 (出光美術館 2月21日~3月22日)

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■東御苑

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梅林坂の白梅は、盛りから終わっているものまで。紅梅はこれからで、蕾が多い。
日曜の午後だが、人出は僅か。だからここを気に入っている。人が多い所は苦手だ。

そして、この日、最も私の心を打ったのは、北詰橋から望む濠の水面を走る陽の光だった。
強い風に煽られ、輝きの文様が刻々と変わっていく。浮かんでいるカモの群れも、どんどんと流されていく。
ふと気付くと、煌めきが水面よりも上にある。煌めく光が降ってくるように見える。
ひとの手による何ものも、この美しさに優るものはなかろう。そして、この光は、ただこのときのもので、留めることはできず、二度と繰り返すことはない。

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■「THE ハプスブルク」

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先日東博で集めたチラシのひとつ。
読売新聞主催の展覧会のリーフレットで、表紙に、新美の「THE ハプスブルク」を使っている。
内側の紹介欄の写真、2枚ともベラスケス。
「デューラー、ティツィアーノ、ベラスケス、ルーベンス」とあり、これだと私がウィーン美術史美術館に行ったときに目当てにしたのと同傾向のような感じである。