南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  F1
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私にとって、「デビの色」は、青だ。

彼がF1で最初に着たロスマンズ・ブルー。
そしてヘルメットのブルー。

彼は、ヘルメットのデザインを変えなかった。
彼の故郷スコットランドの国旗のブルーを、常に纏った。

時と共に変わりゆくF1のシーンの中で、変わらぬものが、ところどころにある。
デビと、デビのヘルメットに描かれたスコットランド国旗は、私がF1を見始めた年から変わらず存在したもののひとつだった。

それらのものも、ひとつずつ消えていく。
愛した人も、愛したものも、ひとつずつ。


*写真は、95年日本GPプログラム。サインは13年後のもの。
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Category :  展覧会
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今年、展覧会へ足を運ぶようになり、秋には東博の年間パスポートを買った。
このパスポートは「特別展6回+常設展無制限」で、来秋まで行き放題なので、年初の予定を確認すれば、「博物館に初もうで」という企画がある。
昔は、美術館・博物館という場は、ごくシンプルだったが、自分が疎遠にしていた間に、人寄せの企画を随分色々工夫してやるようになった。自分はまだ「昔の感覚」なので、「やりすぎ」に見えるときがあるが、じき慣れるだろう。新春企画はなかなか魅力的だ。

<今年行った展覧会>

・国宝薬師寺展(東京国立博物館)
・ルーブル美術館展(東京都美術館)
・コロー 光と追憶の変奏曲(国立西洋美術館)
・フェルメール展(東京都美術館)
・川合玉堂とその門下(講談社野間記念館)
・白隠とその弟子たち(永青文庫)
・所蔵作品展(国立近代美術館)
・所蔵作品展 装飾(国立近代美術館工芸館)
・狩野芳崖 悲母観音への軌跡(東京藝術大学大学美術館)
・ジョン・エヴァレット・ミレイ展(Bunkamura ザ・ミュージアム)
・ヴィルヘルム・ハンマースホイ(国立西洋美術館)
・黒田記念館
・建物公開 アール・デコの館(東京都庭園美術館)
・大琳派展(東京国立博物館)
・アンドリュー・ワイエス(Bunkamura ザ・ミュージアム)
・琳派から日本画へ(山種美術館)
・帝室技芸員と1900年パリ万国博覧会(三の丸尚蔵館)

以前から自分が好きだったものに加え、これまで知らなかったものに少しずつ手を出している。
皇居東御苑の中にある三の丸尚蔵館の所蔵品はたいしたもので、展示はちょびちょびだから、気長に見ていきたい。
近美が、毎月第一日曜日に所蔵品展を無料で公開し、ガイドツアーも行っていることは、今年になって知った。
海外から美術品を運んでくる企画展もそれはそれでいいが、国内の美術館が所蔵している日本の美術をちゃんと見ようじゃない、日本人なんだから日本のものに無知じゃね、という意欲が出てきた。

概説を頭に入れようと、とりあえず最初に読んだのが、以下の本。



最初の方は、「これは見た、これも」だったが(京都・奈良のおもな仏閣・博物館は行っているため)、時代が進むにつれ、「聞いたことがない」名が。
東博・近美、その他の東京にある美術館が持っているものは、待っていれば少しずつ見ることができる。東京に住んでいる特権と思って、のんびり付き合おう。
Category :  その他
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小田さんのコンサートに足を運ぶことはなくなったが、「クリスマスの約束」は、毎年、忘れずに見る。
過去数年、新しい曲を聞いてもいいと思わなくなっていたが、今年は少し違った。

最後に歌った「さよならは言わない」を聞いたとき、「何を歌っているか」、判った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずっと楽しかったね あの頃 まわりのすべてが
やさしく いつも 僕らを つつんでいるように見えた

語り合って 語り尽くして あてもなく さがしてた 
その道は 果てしなく どこまでも どこまでも

悲しみはやがて 消えることを知った
喜びは いつまでも 輝き続けることも

戦い続けた わけじゃない 流されて来たとも 思わない
追いかけた 夢の いくつかは 今 この手の中にある

晴れわたった こんな日は いつでも 思い出す
飛ぶように 駆けぬけた 遠い日の 僕らのことを

こころは 今も あの時のまま
思い出に そして 君に だから さよならは 言わない

ずっと ずっと 楽しかったね

晴れわたった こんな日は いつでも 思い出す
飛ぶように 駆けぬけた 遠い日の 僕らのことを

たとえ このまま 会えないとしても
思い出に そして君に きっと さよならは言わない
決して さよならは 言わない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「悲しみはやがて 消えることを知った」

これを聞いた瞬間、「ああ、ヤッさんだ」、と。
「悲しみ」という表現は、5人のオフコースの終わり以外に指すものはない。
「あの頃」という言葉の指すものを理解するのは、オフコース時代を知るファンだろう。

ちなみに、今年の東京ドーム公演は、オフコースの解散コンサート以来で「約20年ぶり」という記載に、「ぐ、20年経つのか」とちょっと吃驚した。
解散コンサートは、厚生年金を2日(かな?)、武道館全日、ドーム、行ける限り行った。自分も若かったな。
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「今まで、『当然の医療行為』とみなしていたことが、決して当然でははなかった」ことを著者に気付かせたのは、キュブラー・ロスの「死ぬ瞬間」であったが、本書は、同じ衝撃を、私に与えた。

著者の思いを綴った文章を読みながら、私は、自分が母をみとったシーンをありありと思い出した。
末期ガンで死を待っていた母の心臓がいよいよ止まったとき、病室にやってきた医師は、電気ショックをかけ、心臓マッサージをして、蘇生を試みた。
我々家族は、ただ立ち尽くし、暫くしてから、その光景を見るに絶えなくなった自分は、「もうやめて下さい」と声に出した。
けれども、これは「病院では当たり前」で、医師の行為(蘇生術)がおかしいとは思わなかったし、担当の医師は、穏やかで感じのよい人で、ずっと誠意をもって治療に当たってくれていたと思っていたので、お世話になりました、有難うございました、と頭を下げた。

そう、我々家族は、著者が描いた家族の姿そのままだった。


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Category :  F1
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・ホンダ
HRF1の買い手に関するニュースが日々湧き出てくるが、結果の予想をするなら、私は決まらない方に賭ける。
根本的な考え方は、05年のアグリ立ち上げのときと同じで、「社会的な常識」に拠るもの。

世の中の普通の会社は、バカでかい金額の出費を、ある日突然には決められない。予算というものがあって、予定していない多額の出費をそう簡単にはできない。社内で合意を得るためには、相応の時間がかかる。
そうなると、あてにできるのは、個人の一存で多額の金を動かせる、いわゆる富豪で、そういう人間は確かに世界にいるけれど大勢いるわけでもない。そして、これまでにF1チームを購入した富豪たちは、マテシッツにしろマルヤにしろ、最初はスポンサーとしてF1に参加して、この世界を理解した後に、本格参戦をしている。

レッドブルなどは、参戦の話が出てからどれだけかかったやら。レッドブルを信用できたのは、マテシッツのF1に対する執着が尋常でなく、何年にも渡って機会を窺い、周到に準備をしたのちの念願成就だったからだ。彼は、F1チームを、「安く買って高く売るため」の投資対象とはみなしていなかった、と思う。

F1というビジネスは、これまでこの世界を知らない人間が手を出すには「危険がいっぱい」だ。
アグリが参戦を発表したとき、私は、「ええ?一体どこの酔狂者よ?スポンサーになったのは?」という、夢もへったくれもない反応をしたが、「金を出す所(スポンサー)がいるとは思えない」という推測が当たっていたことは、後日に判る。

先日私は、「真剣にF1への参入を考えている人間(企業)なら、今あわててHRF1にとびつくより、待った方がいいと判断するのではないか」という考えを書いた。
この発想の始まりは、「HRF1よりルノーF1の方がいい買い物では」という重箱の隅の視点だが、リチャーズのコメントにもあるように、今後、コスト削減策が実施されて、実際に低コストで運営できることを確認してからの方が、ビジネスとして安全だ。
今、リスクを背負って、あわててHRF1にとびつく者がいたとしたら、それは「ど素人」で、先行きには不安を感じる。

・トヨタ
赤字転落発表で注目を集めたトヨタは、F1参戦の継続を改めて表明した。
これを、「ホンダとは体力が違う」と肯定的にみるか、「長年の成功で組織が肥大化し、環境の変化への対応スピードが鈍くなっている」と否定的にみるか、正解が判るのは後日になる。

09年4月の渡辺社長退任・豊田章男副社長の社長昇格人事は、今後、F1参戦継続表明を翻しても、渡辺氏が同じ口から言わずにすむことを意味する。
F1参戦を決めたのは奥田氏であり、豊田家はモータースポーツを好んでいないので、豊田家への大政奉還後のF1継続は怪しい、という説は、当初からあった。
Category :  自転車
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アンディに関する情報を熱心に集める気はなかったが(というのは、一時の熱で、早々に冷めるだろうと予想したため)、来季F1から自転車へのシフトの可能性を踏まえ、あえてセーブはしないことにした。

海外のファンのブログで、北京五輪時のインタビューを発見して、「ぶ」。
レース終了直後怒っていたのは知っているが、どれだけキレていたかというと、「スイス国旗を燃やしたい」くらい。

あのさー、カンチェラーラは、今後もチームメートというだけでなく、ツールではいっぱい助けてもらう相手だよ。わかってんのかね、この子は。
カンチェが「大人」の対応をしてくれるのをあてにするしかない・・ツールの期間中にも、休養日にルクセンブルクのメディアなどとおしゃべりして過ごしているアンディに、「ちゃんと休め」とたしなめたとかいう記事がでたそうだし、「おこちゃま」と思ってるのだろう、どうぞ厳しく躾けてやって下さい、カンチェだけでなく、チームの皆様方も。

前年のジロでいきなりの総合2位でも冷静で、「飄々としていて」「大物」というキャラクターが伝わっているが、こういう面もあるということらしい。

ま、北京は、「痛~~~い」勉強になったことだろう。
最大の失敗は、カンチェの力を読み間違ったこと。
後ろを振りきって、3人の間の競争になったと思い、3位より上を望んで、力を残しておいたので、ああなるなら、3位を取るために全力を使えばよかった、と後悔を述べている。

これほどまで無念・悔恨・落胆の感情を露わにしたインタビューは今まで読んだことがなかった。
手痛い敗北から学習をすることができれば、成長が見込める。何年か先、「そんなことがあったよねえ」と笑える日がくればいいな。

<北京五輪の話>
北京五輪
北京五輪 2
ツール再放送
ルクセンブルク、スイス
Category :  F1
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景気は、いいときがあれば悪いときもあるに決まってるし、景気悪くても日々の生活に楽しみがなくちゃね。
といっても、F1は、今回の不況の影響を(クッションなしに)ダイレクトにくらい、先行きが不透明なジャンルなので、そう能天気でいるわけにもいかない。

景気の影響を受けたくないなら、スポーツ選手を贔屓にするときは、チームというものに属さない個人競技の選手がいい。選手の外部からの影響をあまり受けずにすむ。

さて、書こうと思いながら書きそびれていた話題を書こう。タイミングを外していることを知りつつ、少しずつ。

・BMWに感じた危うさ
自分がシーズン初め、BMWの力を信用していなかったのは、基本的には疑り深い性格のせいだが、報道の中に、時折、危うさを感じるものがあったからだ。

そのひとつが、このチームの「ドライバーの扱い方」。
クビツァがチャンピオンになれるクラスの才能の持ち主であることは、かなり広く認められているが、BMWが、そのつもりで彼を扱っているかといったら、そうではないように、外野からは見える。

昨年の担当エンジニアが経験不足で、うまくいかず、今年代えてもらって、シーズン前半うまくいっているようにみえたが、後半になるとまたもやストレス満載状態に陥った。
チームが、シーズン半ばで開発を来季にシフトし、マシン戦闘力が相対的に低下したことの他に、ハイドフェルトの予選の改善に力を注ぎ、クビツァをなおざりにした。
チームにその意図はなかったのだろうが、「クビツァに合わない」マシンになってゆき、最後の頃は、ハイドフェルトの方がセッティングをうまく出せ、クビツァは「どうやっても速く走れない」ひどい状態になってしまった。

今季は、複数のチームで「マシンがドライバーに合う合わない」現象が非常に目立った。この現象そのものは以前からあったが、ここまで顕著で、チャンピオンシップを左右したシーズンを自分は記憶していない。(この件は改めて書きたい)

チームがハイドフェルトにシフトをせず、シーズン最後までクビツァをエースとして扱ってレースをやっていたら、クビツァはドライバーズランキングで3位以上を取れただろう、という想像に無理はないと思う。
クビツァ自身は、そう思っている。
この「クビツァの、チームに対する不満と不信」が、自分が「BMWの問題」と思う点だ。

今季報道された彼の発言は、昨年のフェルナンドに少し通じるものがある。あれほどまでひどくはないが、チームに対する不満を述べることに遠慮がなかった。
この二人は、似たパーソナリティの持ち主だ。(だから仲がいい、と本人たちが公言している。)意思が強く、自分の能力に対して実績に裏打ちされた自信を持っていて、等身大で生きることを望み、率直で、シンプルだ。思慮深いが、計算高い振る舞いはしない(できない)。
自分に自信があるので、チームに対する要求も高い。チームとの間に信頼関係を築ければ、大きな成功を収めるが、信頼関係を築けないと壊滅的な結果を招くことを、フェルナンドが如実に示した。

BMWには、クビツァをおのれのチームの中心とする意思がないように、私の目には映る。
私は、BMWを、2000年の復帰から、普通以上の注意を払って見ていたので(ラルフが在籍したため)、BMWの方針の解釈や推測にはそこそこの(他のチームよりは、という意味)自信を持っている。

BMWが、「チャンピオンになる才能を持つと評価できる将来性のあるドライバー」にチームの力を集中することをしないのなら、このチームに在籍するドライバーはタイトルを取る可能性が低下するだろう。
BMWはウィリアムズと対立し別れたが、ドライバーズタイトルよりコンストラクターズタイトルを欲するという点については両者は共通したのかもしれない。

ふと、もしも、クビツァの国籍がポーランドでなくドイツだったら、もしかしたら、状況は違っていたのかもしれない、という思いが浮かぶが、これは仮定にする価値もない話だ。

BMWは、フェルナンドの移籍先候補として報道で名が出たが、BMWは彼に対して、絶対的エースの待遇を約束しなかっただろう、と思う。現実にどの程度の交渉があったかは判らぬが、私は、昨年同様、彼にとって他チームとの噂は、「ルノーとの契約条件を有利にする材料」であった、と解釈している。
Category :  F1
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昨日話題にしたIker vs Rafaイベントは、昨年も開催されていて、確認すればやはりスーパースター勢ぞろいだった。
自分がスルーしたのは、昨年の年末は、彼に関して、余興に出ているのを見る心の余裕がなかったせいだろう。(97年に準えるくらいだったから)

今年は昨年と違って平静で、なにより、色めき立った原因は、「フェレーロとのダブルス」。
単にテニスやサッカーやっている姿は珍しくないから、とりたてて見たい意欲は起こらない。
昨年もテニスに出ているが、組んだ相手はカシージャスだから、スルーして道理。
カシージャス+アロンソ対ラウール+デ・ラ・ロサ
昨年のイベントのダイジェスト

それにしても、こういうイベントが成立するのは、ヨーロッパではサッカーというあまねく普及しているジャンルがあるからだろう、と思う。
他種目の選手たちも、幼い頃には必ずといっていいほどサッカーをやっているから、できない人はいない。みな、そこそこやれる。
「ボールを扱う才能」は共通するので、テニスのトップ選手はサッカーも上手いケースが多い。(同じ理屈でゴルフも上手い)

ドイツでも、チャリティイベントとしてよくサッカーをやる。でもドイツでは、非テニス選手でテニスがそこそこいける人が少ないので、テニスイベントはあまりやらないのでは。
サッカー・テニス・カートレースの3種目ができる国は、スペインの他はそうないかもしれない。
Category :  F1
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12/16にマドリードで行われた、ナダルとカシージャス主催のマラリア撲滅チャリティイベントに参加したメンツの豪華なこと。
自分はサッカーは守備範囲外だが、自転車とモータースポーツとテニスは範囲内で、「サッカー+この3つ」が、たまたま、スペイン人が強いジャンルなので、「馴染みの名がゾロゾロ」に相成った。

参加メンバー
Iker Casillas (portero de futbol del Real Madrid)
Rafa Nadal (jugador de tenis, n' 1 del mundo)
David Ferrer (jugador de tenis)
Feliciano Lopez (jugador de tenis)
Fernando Alonso (piloto de F1, bicampon del mundo)
Fabio Cannavaro (jugador de futbol del Real Madrid)
Sergio Ramos (jugador de futbol del Real Madrid)
Alberto Contador (ciclista)
Dani Sordo (piloto de Rally)
Albaro Bautista (piloto de moto 250 cc)
Juan Carlos Ferrero (jugador de tenis)
Carlos Moya (jugador de tenis)
Jorge Lorenzo (piloto de moto GP)
Raul Gonzalez (jugador de futbal del Real Madrid)
Carlos Sastre (Ciclista)
Carlos Sainz (ex piloto de Rally)
Santi Cazorla (jugador de futbol del Villarreal)
Pedro Martinez de la Rosa (Piloto probador McLaren Mercedes)
Marcos Senna (jugador de futbal del Villarreal)
Novak Djokovic (jugador de tenis)
Sete Gibernau (piloto de moto GP)

(これはイベント前の予定で、実際は若干変更有。最終のリストがみあたらなかったので、とりあえずこれで )

カシージャスチームとナダルチームの2組に分かれて、カートレース、テニス、フットサルをやった。
(自転車はみな乗っていそうだが、室内でゲームはできない)

動画も写真も沢山出回っている。
・短いダイジェスト
・長めの放送 <1> <2> <3> <4>

みんなリラックスして楽しそう。こうして見るとコンタドールもかわいい。(レースやってるときはかわいく見えない)
コンタドールとフェルナンドがいっしょにフットサルやってハイタッチという図は考えたことがなかったので、どこか変な感じがしたが、そりゃみんなスペイン人である。
サストレがゴールキーパーやって、カートに乗ったっておかしくないのだ。今まで自転車乗ってる姿しか見たことなかったから見慣れないだけで。

テニスの「アロンソとフェレーロのペア」には、一瞬目を剥いた。一昔前の自分なら、理性がぶっとんでいたであろう。

フェルナンドは、全種目でしっかり映っている。かわいらしい。(レースやってるときはかわいいとは言い難いのはコンタドールと同じか)
Category :  F1
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「重箱の隅」の話をする。

私の執着の対象が在籍するチームについて。

自動車メーカー・ルノーのCEOカルロス・ゴーンは、CEO就任前から、F1を続けるのは本業の自動車販売の役に立つ限りにおいてである、と公言してきた。おかげで、メディア・世間は、四六時中、ルノーの撤退を噂した。
脅かされ続けてきた此方は、世間一般とは少し違うことを考える。

ルノーは、撤退を決めても、チームの買い手(新しいオーナー)としてしかるべき相手をみつけられるだろうし、問題を引き起こさないだろう、と、私は思っていた。
彼等がベネトンから買ったチームは、チャンピオントロフィーを所有する優秀なチームだ。このチームをルノーから譲り受ける新しいオーナーは、エンストーンのファクトリー一式を、多分「パット・シモンズ込み」で手に入れられる。
トールマン→ベネトン→ルノーとオーナーが変わってもエンストーンに留まり続けたパットは、次のオーナーが望むなら、残ることを承諾するだろう。新オーナーが、チーム運営を円滑に行い、よい成績を望むなら、エンストーンの現在の体制に大きく手をつけずに引き継いだ方がよい。「うまくいっているものを変える必要はない」からだ。

ルノーの名がF1からまた消えることは寂しいが、自動車メーカーが出たり入ったりするのはいつものことだ。
新しいオーナーが、チームをスムーズに引き継いでくれるならば、ルノーの撤退に大騒ぎすることはない。「F1レースを行っているレーシングチーム」は、エンストーンであって、ルノーではないのだ。

と、思っていたのだが、現在の状況は、そういう悠長なことを言っていられなくなってしまった。
上の見込みは、「他メーカーは涼しい顔でF1チームにザブザブ金を注ぎ込むが、ルノーだけは財布のひもが固い」状況下で言えたことで、世界的景気後退どころか自動車産業そのものの基盤が揺らいできたとあっては、話が変わる。

今や、「F1チームの入手を欲する、優良な買い手」は、そこらに転がってはいない。

従って、当面の注目は、HRF1の動向だ。
私の頭の中では、次のようなことが駆け巡る。

今、F1チームの購入を真剣に考える人間(会社)がいたとしたら、HRF1にあわてて飛びつかず、「もっといい売り物」が今後出てくる可能性を考えないか?

ルノー(エンストーン)の方が、HRF1よりも、いい買い物ではないか。チームの能力がHRF1より上で、それでいながら運営コストが安い。そして、買い手が望むなら、おそらくルノーは当面のエンジン供給を約束する。開発凍結のレギュレーションを受けて、すでにヴィリーは人員を削減しており、エンジンの販売だけを続けることは可能だろう。思いつくすべての点で、HRF1より条件がいい。

HRF1の買い手はみつかるのだろうか。
みつかったなら、この先、他メーカーがチームを手放したくなったとき、2人目・3人目の買い手はいるのか?

ゴーンは、ホンダがブラックレーに対してしたように、エンストーンを、「買い手がいなければ解散」と言い放って見捨てるだろうか?
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物事は大きな視野から見ないといけない、とは養老孟司氏が述べていたことであるが、「意識して、視野を広げる」ことは、どの問題を考えるときでも必要だと思う。
重箱の隅をつついてもいいが、ずっとつついていないで、目をあげて、箱の外の世界もしっかり見る、ということ。

F1の将来については、不安をガタガタいう前に過去を振り返ってみよう。
以前自分が書いたグランプリの概略はごく短いものだが、これだけ判っていれば用は済む。時間経過からして、これに新たな文章が加わってもおかしくない時期である。

ひとは「現在の状態」がよいと思い、現状を維持したがる傾向があるが、広い視野で見れば、ほんの少し前は、現在とは違っていた。物事は変化していくのが必定なのだ。

ということで、悲観的になりすぎず、楽観的にもなりすぎず、静かに見守ることにしよう。

*自分の見ているもうひとつのジャンル、フィギュアスケートでも、先日書いたように、大転換が進行中、だと思う。
個人的には、ついていくのに苦労している。アイスダンスのCDが廃止される方向である件については、「CDがなくなったら、アイスダンスではなくなるんじゃないの」という嫌味を一度書いておきたい。
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自分がガンと診断されたとき、医師に向かい、「病状の事実を隠さず教えてほしい。家族にだけ伝えて自分に伝えないということはしないでくれ。余命が3か月なら、それとしてすることがあるから、事実を教えてくれ」と明確に告げることができるか。

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Category :  F1
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F1では、いつも、チームは参戦しては撤退する。
ずっと参戦し続けているのは、ただひとつ。
フェラーリだけ。
このことを「本当に」判ってさえいれば、現在の状況は、騒ぎ立てるほどではない。

自動車メーカーが「自分の都合で」参戦撤退を繰り返す存在であることは、最初から判っていた。
判っていて、彼等を引き入れ、回る金が際限なく膨らんでいくのを許したのはF1側だから、今回の世界的景気後退の影響でメーカーに逃げ出されて困る人間がF1側にいても、想定できた事態である、と恨みをいわないのが公平というものだろう。

・トヨタ
少し前まで、トヨタはもう1年やる体力は充分あると思っていたが、日々表に出てくる諸々の売上や為替、財務指標の見込みを見ていると、呑気でいていいのか少々疑問になってきた。
想定の幅は広くとっておこうと思う。(ありえないと思いこまない、という意味)

実のところ自分は、トヨタショックの日、反射的に、「F1撤退」の文字が頭に浮かんだ。トヨタという会社は、そうするのが当然にも思えた。
だが同時に、トヨタには別の面もある。自分は、05年に、トヨタについて積極的に情報を集め、トヨタ独自の「哲学」の存在を知った。
2005/4/17の「ザ・トヨタウェイ」の感想と、4/28の「F1におけるトヨタのアイデンティティー」をいま読むと、なかなか,面白い。

「改善」というトヨタ用語はかなりポピュラーで、知っている人は多いと思うが、トヨタウェイの図において、「カイゼン」は三角形の一番上で、最も根底にあるのは、「Philosophy」であり、そこには「長期思考」と書いてある。
そう、トヨタの「14原則」の「原則1」は、「短期的な財務目標を犠牲にしても長期的な考え方で経営判断する」なのである。

これを読んだ瞬間、「だから、トヨタは、F1に莫大な資金を投入できたのか」と思った私は、短絡思考の極致というものだが、本を読んでいる最中、「マーケティングが目的のトヨタは、利益にならないとみれば、さっさとF1から撤退する」といった思考は、トヨタの経営哲学や思想の知識を持っていたら、出てこないかもしれない、とか、本業における思想は、モータースポーツという別のジャンルにいっても、生きているのではないか、といった、様々な思いつきが、ポツポツと浮かんでは消えた。(
4/17)

F1チームとしてトヨタ自動車は参戦し、しかもTMG会長として日本のトヨタ自動車から冨田を送り出している、というわけです。
F1グランプリという文化の中へ、チーム・プリンシパルをトヨタ自動車から出している。
それはエンジン・サプライヤーで参戦しているスタンスとはまったく違う部分なのです。

つまり、今後のF1、そしてF1の将来に対しても責任を持つ、ということになりますし、そのような理解を持った上でトヨタ自動車はF1に参戦しています。
(4/28)

「F1の将来に対しても責任を持つ」
同じセリフが、ホンダの責任者から出てきたことはあっただろうか。F1参戦から撤退までの40年間のうちに一度でも。
私の目に映るホンダは、思考がいつも「自分の会社の内側」に留まり、「F1界」へ及んだことはない、「自分のことしか考えない子供みたいな」会社だった。

ホンダが撤退したことで、他メーカーが撤退しやすくなるのか、逆なのか、解釈は二手に分かれる。どこの自動車メーカーも苦しいが、財務状況や企業戦略、将来予測はそれぞれ違う。

F1がどうなるにせよ、此方には、「行く末を見守る」ことしかできない。
衰退するなら、そういうもの、と思う。F1は、始まってからたかだか50年のイベントに過ぎない。ひとひとりの寿命に足らない年月なのだから、歴史の中では一瞬だ。悠久に栄えることを期待するに値する対象ではない。

・愛の有無
ホンダの撤退に関する文章をいくつか読んだが、川喜田氏のコラムに、共感を覚えた。
対象に対して「愛」を持つ人の言葉には、説得力がある。
「愛」を持たず、離れた場所から、したり顔で「冷静に」述べる言葉は、それが客観的で公平で論理的な解釈・評価・解説であっても、ひとの心に響かない。
かつて私はネット上で延々と言葉を綴ったが、その中に、読んだ人の心を動かすものがあったとしたなら、それは、「愛」を私が持っていたからだと思う。

ホンダ撤退に思ふ(1)…当然と理解しつつも「強い怒り」 (F1放浪記) [12月06日]
ホンダ撤退に思ふ(2)…レース界への身勝手な裏切りだ (F1放浪記) [12月07日]
ホンダ撤退に思ふ(3)…敗戦に学ぶスピリットはあるのか (F1放浪記) [12月10日]

彼の記述は、私が思いついたことの多くと重なる。付け加えることは、あまりない。
私自身はホンダに対して愛を持たぬが、過去を紐解けば、持つ人の気持ちは理解できる。そして、時間の経過と共に対象が変わっていったとき、自分が好きになったときのままでいてほしいと願うファンの気持ちも判る。対象が変質していくことを受け入れられない心理も。
ホンダに関して思いついたこと(2003/7/16)

・ポストレスウエイトのホンダへの最後の手紙
ホンダ撤退に思ふ(2)の中の、ポストレスウエイト博士の件だが、ホンダがオールホンダの方針を翻した当時は、かなり手厳しい記事が雑誌に載った。
そのうちのひとつがF1グランプリ特集99年8月号の「ポストレスウエイトが綴ったホンダへの『最後の手紙』」。書き手はセイウォード。

「HRDの2000年参戦に向けて、バルセロナでテストを行っていたその期間中に、病魔に倒れたポストレスウエイト。ホンダとBARがコンビを組むことを知っていたのかどうか、ホンダの発表後話題になった。
だが、彼は確実にその事実をつかんでいた。それを証明する文章がここにある。
彼はHRDによる「オールホンダ」での参戦を切に願っていた。そして彼がホンダの「方針転換」を知った、死の直前に、ホンダに宛てて書き綴ったのがこの2枚の手紙である。そこには、ポストレスウエイト、そしてHRDの、このプロジェクトにかけた熱き思いが詰まっている。」


手紙の写真と翻訳が掲載されている。その文面からは、HRDで参戦させようとホンダの説得を必死で試みていることが読み取れる。
宛名は当時の責任者、保坂氏で、冒頭は、Dear Mr Hosaka だが、なかほどに“Hosaka san”という呼びかけがある。続いて、“ please give this proposal consideration. ”(この提案をご検討下さい)

この手紙が偽物でなければ、「ポストレスウエイト博士の死によって、ホンダが方針変更した」という説は、「ホンダを庇う」欺瞞だと思う。
ちなみに今週発売のF速の巻頭記事(署名は船田編集長)の中には、このホンダ擁護説の記述がある。初心者読者にそう広めたいらしい。
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もう1枚のポストカード。
98年世界選手権、ミネアポリス。
自分がジェーニャにつかまった日。

FPで4回転を2度転倒した姿を、私が忘れることはない。のちに、「機械のように正確」なジャンプを跳び、転ぶのは考えられないとまでいわれるほどの選手になった彼だが、私は「クワド2回、3A1回、計3回転んだ」彼を覚えている。

自分は跳べる、跳べるはずだ、と、一度失敗した4回転にもう一度挑んだ日の彼は、15だった。
世界選手権に出場できる規定年齢に達しておらず、世界ジュニア優勝者の特例で、出場者中の最年少だった。

EXに登場した姿は、まるっきりロシア人形だった。赤色の民族衣装、陶器のような白い肌と赤味を帯びた頬、つんと尖って高い鼻、細く尖った顎、赤く薄い唇、くせのないまっすぐで薄い色の短い髪の彼が、帽子を目深に被ると、造り物のお人形さんのよう。
そのお人形が、踊る踊る。リンクを完全に支配し、観客を煽り、惹きつけ、魅了する。僅か15才にして、すでに「リンクでは王様」だった。

彼のEXの演技は、その後現在に至るまで、ユニークでエンターテイメント性が高く、話題になったものも複数あるが、この日のEXの衝撃に勝るものはない。
「この年齢でこれほどまで完成度が高くて、この子はこの先一体どうなるのだろう?」
恐怖を伴った驚愕だった。

私はこれからもフィギュアスケートを見続ける。生観戦の負担も大きくないから、おばあちゃんになっても見に行かれるだろう。

けれども、98年ミネアポリスと同じ程度の衝撃に出会うことは、もうないかもしれない。
Category :  自転車
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・フランクの件、無事クリア
最悪を覚悟していた身としては万々歳。
12/9にルクセンブルク反ドーピング委員会の結果が発表される、というニュースを知って以来、構えて待っていた。
最近のチームの態度から、「大丈夫らしい」と楽観的にはなっていたが、その通りで、結果は、「捜査打ち切り」。

「フエンテスに金銭を払った」のだから、アウトでも仕方ないと覚悟していたが、この件は各国の対応が一貫していない。
実をいうと、「おたくは、他のジャンルにスター選手がゴロゴロいて、五輪でメダルをいくらでも獲ってくる大国とは違うでしょ、今や国を代表するスターのシュレク兄弟を潰して何の得になるの、見逃したら?」と思っていた。
シロだと信じている、というのではない自分もひどいが、蔓延していた過去の時代については、どの選手であれ無実と信じる方が無理がある。

ちなみに自分は、「過去は一切合財不問、ほじくりださない、でも今後は、発覚した場合の罰則は、1年や2年の出場停止ではなく、うんと厳しくする」策が納得できるように思っている。2年で復帰できるのなら、これからも、やる選手は出てくるだろう、と思うから。

ともあれ、今後も兄弟が一緒に走るのを見られるのが決まって嬉しい。
(はた、と気付いたが、自分はシューマッハー兄弟フリークだった。「仲の良さが有名な兄弟選手」に転ぶ趣味なのか?)
フジのCSチャンネル改編問題。

ケーブルTVでフジテレビ721を視聴している皆様方へ。
ケーブルTVに、フジテレビNEXTの放送の要望を出しましょう。
何もしないでじっとしていると、来季から生中継を見られなくなる可能性大です。
行動しましょう」


というキャンペーンをやろうか、とこっそり考えていた矢先、ホンダの電撃撤退という大激震が起こり、F1ファンの世界はそれどころではなくなってしまった。
今この話題を持ち出しても、ホンダファンからは、来季F1見る気がなくなったからどうでもいい、といわれそう。
もともとCS視聴者のうちのケーブル利用者の占める割合は僅かであり、触れ回っても、届く相手の数はたかがしれているところへ、この事態で、状況の悪化に拍車がかかったように思われる。

・補足
「私には自転車があるさ」は、「僕にはコカインがあるさ」の援用。(「四つの署名」コナン・ドイル、延原謙訳)

11/27 フジCS放送改編の影響
Category :  F1
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自動車メーカーが勢ぞろいした2002年以降、遅かれ早かれボロボロと離脱していくことは自明で、それが実現したに過ぎない。
今回のホンダの決定をどう評価するかは、「今後のF1がどうなるか」を見てからだ。追随して離脱するメーカーが出れば、「いち抜け」で利口だったことになるし、そうでなかったら、単なる負け犬だと思う。

中でも注目はトヨタだ。自分は、トヨタは撤退を考えていると思う、と再三記述してきた。「2009もしくは2010年に撤退」のスケジュールだったが、経済状況の急激な変化で計画見直しを検討していたら、ホンダに先に逃げられてしまったのでは?というのが当面の憶測。
ホンダに抜け駆けされたため、撤退を考えていたメーカーたちも、メディアに問われて、とりあえず「うちは撤退しません」と表明せざるをえなかったが、さて、実際には、どう動くか。

トヨタの経営サイドに立って考えると、「敵の自滅で、美味しいチャンスが転がり込んできた」のであり、来季、「日本のF1」を独占し、今季以上の戦績を出し、あわよくば1勝できれば、「成果を挙げた」と大手を振って撤退できる。来季1年もたせる体力はあるから、それを目指す。という想像はトンチンカンかさてはて。

ヨーロッパのメーカーたちは、日本の2社とは、F1に関わるスタンスが本質的に違うし、経営状態も違うから、判らない。
自分の最も気になるルノーは、3年くらい前から絶えず撤退と脅かされ続けてきたから、「今更何」である。
(鍛えられ方が違う。他のどのチームのファンより、「撤退」の2文字に対する免疫が強いと思う)
Category :  自転車
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今週は、自転車界で、目をひくニュースが複数あった。

・ランス
来季は、自分にとってゾクゾクするものになるかもしれない。
ジロ出場を表明したのち、ツールについて明言しなかったランスが、出場を表明した。

連覇した頃とは、考え・スタンスが違うことは判っているが、彼が出たら実際にはどうなるのか予想がつかないという意味で、楽しみと怖さの両方がある。刺激的というか、スリルがあるというか。

・CSC(もう「サクソバンク」と言い替えた方がいいのか?)
CSC絡みはふたつ。
新スポンサーのひとつIT FACTORYが倒産し、スポンサーを新たに探さなければいけないという非常事態が発生。
なんとかできるだろうとは思うが、世界的不況が進んでいる状況では、いい気分にはならない。まして、新体制発表のチームプレゼンテーションの前日発覚したときては脱力しそう。

懸案のフランクの件。
大丈夫かもしれない。チームプレゼンテーションに出席し、ツールのエースとして紹介された。
Then a group called "Tour stars" was presented: Frank Schleck and Andy Schleck.
但し、今回すり抜けても、この問題はこの先も常について回り、終わることはない。いつかくるかも、と覚悟を持って付き合っていくことが必要だ。
(リスクを軽減したかったら、クライマーをお気に入りには選ばないこと。・・今回はもう遅いけど)

リースは、ランスの名を出して、ランスに勝たなければならないというコメントをしているが、アスタナのエースはコンタドールかもしれぬし、ランスの力のレベルはまだ判らないけれど、相手がコンタドールでも、勝てそうな気はしない。
エースに据えるなら、ゴールスプリントや駆け引きが下手なのはともかく(昨季、2人とも「甘い」なあ、と苛々すること数度)、本気でTTの改善に取り組んでくれ、と言いたい。アスタナ軍団に比べてあまりに情けないと、見捨てるかもしれないから。(もともと自分はランス贔屓)

来季、F1の生中継を見ることができなくなったら、「F1とは縁がなくなったということ。F1がなくなっても、私には自転車があるさ」とシフトするか、と今から準備体制。
Category :  フィギュアスケート
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99年に菅原正治さんの写真展で入手したポストカードの1枚。
この写真が、先日のNHK杯の30周年記念写真展でも使用されていた。
(だがなぜモノクロだったのだろう。ブドウ色の衣装が美しいのに)

私がアイスダンスを見始めたのは、トーヴィル・ディーンゆえである。
彼らが出てくるまで、アイスダンスは、FDは3曲くらいを継ぎ接ぎしたもので、最初から最後まで「チャカチャカした動き」にみえ、いまひとつ魅力を感じることができなかった。
カップル競技なら、ペアの方が、技がダイナミックで、ドラマチックで、判り易い。

84年サラエボ五輪のFD、ボレロは、アイスダンス史上に残る伝説になったが、私がサラエボ五輪で最も強い印象を受けたT&Dの演技は、実は、ボレロではない。
CDのウエストミンスターワルツだ。

夕刻だったような気がする。TV画面に映っている演技に、わけも分からぬままに引き寄せられた。
目を離せない。この演技は一体?
もしかしたら、あれが、自分が初めて見るCDだったのかもしれない。CDのTV放送は滅多にない。知識は何も持っていない身で、「どこかどういいのか説明できぬし、なんなんだか分からない」が、強烈に惹きつけられた。

翌日、このCDの演技についての新聞記事に、「技術点で6点が出たことに驚いた」というトーヴィルのコメントが載った。6点満点は珍しくないT&Dだが、CDの技術点では、6点が出ることはまずなく、極めて異例のことだったそうだ。

サラエボから12年後の96年6月、SOIの初の日本公演に、T&Dが出演した。
「これはTVではない。現実だ。これがボレロだ」
ビデオで何度繰り返し見たかしれないボレロが、いま自分の目の前のリンクで演じられているのを、ただひたすら凝視したことを覚えている。
Category :  F1
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図書館の予約の順番が回ってきた。借りて、本文をとばし、加筆部分だけを読む。

アグリの顛末に関する赤井氏の見解は、既に各所の雑誌記事で述べられていて、本書の記述は、それらととりたてて異なる点はないと思う。
総括して、一冊の本として仕上げた、といったところ。
原著が絶版になっているため、文庫化して、ユーザーに求めやすくなったことがよかったのではないだろうか。

赤井氏の解釈・評価は、「さまざまな意見がある中のひとつ」に過ぎないが、私個人の見方から遥か遠く離れてはいない。

スーパーアグリF1チームの破綻の原因は、やはり彼らの力不足にあったのではないかと思われる。チーム運営の甘さが露呈したとも言える。 (おわりに の中の文章)

鈴木に話を聞きながら、感動を抑えられない場面もあったし、その行動に疑問を抱いたこともあった。だが、誰が彼の行動をとやかく言う権利があるだろう。  (はじめに の中)

私は、「スーパーアグリは、ホンダが生んだチームである」という解釈と文章は、亜久里さんに対して敬意を欠く、いや、侮辱しているといってもいいのではないか、と思っている。

スーパーアグリは、間違いなく、佐藤琢磨のために創られたチームだった。
今宮雅子氏には、自覚はないのだろうが、スーパーアグリは「ホンダが鈴木亜久里に無理を頼んだ結果生まれたチームであった」という主張は、「亜久里さん自身の意思を軽んじた」ものとはいえないだろうか。

自分は、赤井氏と同様に、亜久里さんの志を、佐藤もしくはホンダの意思よりも上位に置く解釈を採用したい。勿論、此方には、「真実」は分からない。もしかしたら、亜久里さんは、腹の中では、自分の選択を後悔し、ホンダに対して不満や恨みを持っているのかもしれない。その可能性を完全否定することは(論理上)できない。

けれども、亜久里さんは、自分の選択と行動に責任を負い、他者のせいにはせず、自分に誇りを持っている、と思いたい。
それが、真実は知りえない外野に置かれている、ひとりの日本人のF1ファンとして、とるべき態度ではないか。2年半、魑魅魍魎の中で闘い続けた亜久里さんに対する敬意ではないだろうか、と思うのである。

2008/10/25 「鈴木亜久里の挫折ーF1チーム破綻の真実」
2008/5/31 「鈴木亜久里の冒険―走れ、F1ビジネス!!」 
2008/6/1  ビジネスとしてのF1~アグリを巡って
Category :  フィギュアスケート
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現地観戦の感想を少々。

.・CDが最高

3日間全日程のうち、しょっぱしめのCDが一番楽しかった。2番目が、OD。
そうなったのは、久々の生観戦のせいであり、ダンスは普段TVですら見られないせいであり(憎っくきTV朝日)、更に中でもCDを見る機会はほとんどないので、有り難味が大きかったためだと思う。(最初にテンションがガンと上がり、後はそこから下がって落ち着いてしまった・・らしい)

非常に面白かったのは、CDの上手い下手がここまではっきり判るのを、初めて見たこと。
最初の組が滑ったとき、「こんなにリンクを狭く使う?これはないでしょ」
2組目も似たようなもの。3組目が少しましで、4組目で「そうだよね、ここまで使うよね」という軌道になり、その後はそれ以上のレベル。
スケーティングスキルの低い組は、ワンストロークが短い。スピードが遅い。だから、決められた曲を滑り切るのに、サークルが小さくなってしまうのだ。
「スピード」というのは、TVカメラが選手を追うTV放送の映像では分かりにくいし、他の種目では現地で見ても「印象」の範疇に留まるが、同じ曲・振り付けを滑るCDは、差が歴然と判る。

後日に藤森さんの解説付きTV放送を見られたら言うことなしだ、と思ったが、さすがにそれは贅沢。(藤森さんが今回のレフェリー)

テクニカルパネルについては、「知ってる元選手が誰か来ないかな」と漠然と思っていて、ダンスのテクニカル・スペシャリストが「セルゲイ・ポノマレンコ」と紹介されたとき、「え?」と思わず身を乗り出して双眼鏡を向けた。自分も南側の席だったので、後姿になってしまい、斜めの顔しか見えなかったが。
他では男子Sにトッド・サンドが来た。年月が経つにつれ、コーチやテクニカルパネルに、目を向けてしまう元選手がどんどん増えていく。

・日本のフィギュアスケートミーハー人気も峠を越えたのかもしれない。

金曜は兎も角、土日に空席が出るのは予想外だった。
土曜に自分が会場に着いたのは開演5分前だったが、その時点で、BとCを販売していることに吃驚した。女子FPのある今日が一番客が入るはずなのに。
当日券を発売することが知れ渡らなかったとしても、2年前の東京ワールドは、当日券も早々に売り切れた。

いや、まてよ。東京体育館は、代々木よりキャパがかなり小さい。そのせい?
大会やショーの数が増えても、結局足を運ぶのは、以前からの限られた数千人のコアのファンで、浮動票ファンの数はたかがしれている、ということだろうか。
コアファンは、お目当てが来日すれば、交通費・宿泊費を使い、全公演に通うのはお茶の子さいさいである。だから、ファンを持つスケーターを呼べば、一定数の席は埋まる。が、やってくるのは常に同じ客なのかもしれない。

民放各社もそろそろそのことに気付いて、撤退を考え始めてくれないだろうか。
此方としては、GPシリーズの放映権を朝日が手放し、NHKが取り戻してほしい。「ダンスとペアの放送を返して」が切実な叫び。ネットで動画を見られるといっても、小さくて見難いし、試合の流れも伝わらないから。
(BS朝日は見られるがCS朝日は見られない境遇)

初日のスケジュールは、ダンスCD、ペア・男子・女子各SP、ODの順で、ダンスでは客の入りが5分か6分。女子SPが終わったら、帰る客続出で、思わず、「もったいない~~、ダンス面白いのに・・」
民放は、視聴者にダンスの楽しさを伝えることをしないし、日本人選手がいないから、一般人が興味を示さないのは当たり前とはいえ、フィギュアスケートの楽しさは4種目すべてにあるから、もったいないことよ、というセリフがつい出てくる。