南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  スポンサー広告
tag : 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category :  社会
tag : 
この先、元号を、社会で日常的に使用するのは止めてほしい。

「制定すること」に対して反対はしない。
伝統ある文化であるという意見に反駁してやるという元気はない。

ちなみに、元号法の条文は以下。これだけしか書いてない。

  ◎元号法

1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
   附 則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。


もし、日本国民の大半が「使用を希望する」のであれば、仕方ないので引き下がるが、その場合はせめて、次の切り替えは、2021年にしていただきたい

2021年なら、西暦への換算の負担が、その前後よりはましになる。

「新元号年+2020=西暦年」でOK。

昭和→西暦は、「+1925」
平成→西暦は、「+1988」

政府が2019年(平成30年)での改元を検討しているとの記事が出たが、勘弁してほしい。

2019年では、次の元号の西暦換算は「+2018」。
キリが悪い。

異なる元号間の期間の計算をする必要があるときの暗算が面倒なことおびただしい。

社会を動かす担い手の働き盛りの年代の人々は、「元号の不便さは些細なことで、無視できるもの」とみなすだろう。
知的能力がピークにある彼等自身は、さしたる不便を感じないから、そうなる。

彼等は、「老化がもたらす知的能力の低下」を、考慮していない。

60歳を過ぎる頃から、人の認知機能は「全体として」低下していく。
個体差はある。だが、「全体の傾向」として低下していくことに疑いを差し挟む余地はない。

若い人にとっては「たかが元号の換算」でも、年寄りには違う。
間違う。


ここに、一枚の古い賃貸借契約書がある。

第二条 賃貸借の期間は平成元年弐月壱日から平成参拾年壱月参拾壱日までの参拾年間とします。


この条文を一読し、問題点を指摘できた方、手を挙げてください。

この契約の対応の役目を負った私は、数人に読ませて試してみたが、一読して気づいた人はゼロだった。
私自身は一目で「なんだこれは」と舌打ちしたが、そういう人間が多数ではないのが現実なのである。


これから日本の社会は、超高齢化が進行していく。
昭和生まれで、3つの元号を生きてきた人々が大量に生き残っている社会になる。

私は、自分もその1人で、時間の経過と共に認知機能が徐々に低下し、正しい判断をすることができなくなっていく未来を、ありありと思い描いている。

今は間違えないことを、「間違える」ようになる。否応無しに。



*賃貸借契約書の間違い*

平成元年から30年間なら、平成30年ではなく平成31年までである。
「元年」は「1年」だが、「1」の数字が現れないため、「ゼロ年」という勘違いを起こし、30年後は平成30年と間違えた、と推測するのが妥当ではないか。

「元号でなく西暦を使用していれば」発生していないミスとみなしてよかろう。

西暦なら単純に30足せばいいだけで、間違いようがあるまい。

スポンサーサイト
Category :  社会
tag : 
●見通し

8月8日の天皇のビデオメッセージ放映後、暫くの間、新聞・雑誌の関連記事を読んでいた。
如何せん知識・情報が低レベルの身だから、解釈に迷う。幅広い論考・見解を知りたい。

自分の関心のひとつは「今後どうなりそうか」の見通しで、先日その目処がたった。

安倍首相のブレーン、百地章が、「生前退位できるよう皇室典範を改正。一代限りの特別立法は無し」の意見を表明した。(8月26日「朝まで生テレビ」)
彼が言った以上、この路線でいくと考えていいのではないか。

百地は、7月のNHKの報道直後は、「生前退位反対。摂政で対応」とコメントしていた。
皇室典範改正などもってのほか。日本会議の基本方針からすれば当然なのだが、天皇直々の言葉と、世論調査で判明した世間の支持を見て、対応を変えたらしい。

どういうことかと考えてみると、彼らの現在の第一目標は憲法改正で、具体的方法として「緊急事態条項の創設」から着手することを決めている。
本音の望みは9条改正だが、これはまだ反対者が多く、実現が難しい。そのため、多数の同意を得られやすい内容のものから始めるという作戦を採用した。

目標実現のためには、天皇の生前退位問題が延々議論になって憲法改正の作業に支障が出るのはまずい。
皇室典範改正は不本意ではあるが、大きな目標のためには目をつむる(譲歩をする)のが得策。
さっさと片付けて、宿願の憲法改正を進めたい。

百地のコメントの豹変の裏は、こんなところではなかろうか。

右派の一部には、生前退位を認めるには憲法改正が必要という説を唱えて、天皇問題を憲法改正につなげようという動きもみられる。しかし日本会議は、その方法は採用しないようである。

また、特別立法という方法は、皇位継承は皇室典範の定めるところによるとする憲法第2条に違反する、という見解(憲法解釈)を、百地は表明している。

とはいえ、実際に皇室典範の条文改正の検討に入れば、議論が色々出ることは予想できる。
最低でも「皇太子が不在のままでよいか」「秋篠宮の身分をどうするか」は決める必要があり、これは「皇位継承」すなわち「女系・女性天皇」の議論に飛び火する可能性を孕んでいる。

憲法改正に関しては、日本会議が政権に及ぼす影響力が強く、彼らの思惑が実現する可能性が高い、と読むのが基本だが、かといって彼らの力が鉄板とはいえない。
事態がどう進んでいくか不確実性は残る。

●天皇制の終焉の可能性

天皇の意見表明は、一般には、「生前退位の希望」と受け取られ、報道もそうである。
しかし、「真の意図」、「ことの本質」は、それではなく、「皇位継承問題」ではないか。

「現行の皇位継承ルールのままでは、皇統の将来に渡る安定的な継続に大きなリスクがある。政府が適切に対応してくれるのを待ち続けたが、何もなされぬまま今に至ってしまった。これ以上先送りしないでくれ」

私が当日すぐ思いついたこの解釈は、複数の人が述べている。
あのメッセージのキモは、最初と最後の段落にある、という解釈をしたのも私ひとりではない。

「男系男子限定ルールは、皇統が途絶えるリスクがある。そのリスクは、許容可能レベルを超える」という判断は、合理的・論理的な思考をできる人なら採用する、と思う。
安倍政権は、女系天皇に反対し、解決策として旧皇族の復帰を主張する。しかし、旧皇族を復帰させる具体的な法律制定の作業を進めることはしない。
自分の在職中に皇位継承資格者がゼロになる等の切羽詰った事態にならなければ手をつけなくてよい、と将来に問題を先送りし続ける。

旧皇族復帰の問題点については、小泉政権時の「皇室典範に関する有識者会議報告書」が明快・的確に述べている。
「今上天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋」だそうだ。

この報告書を今回の天皇のメッセージと併せて読むと興味深い。
「象徴天皇の制度は、国民の理解と支持なくしては成り立たない」ことを前提とみなし、論理的・合理的に述べている。
そして、天皇のメッセージは、この報告書を貫く原理及び論理展開と矛盾するところがないように、私には思われる。

それでも、「天皇制は、男系男子継承であることに価値があり、女系では価値がなくなる」という「価値観」を、一部の人は持っている。
彼らが女系に反対し皇位継承ルールを変更させないことによって何が起こるかといえば、時間の経過と共に、皇位継承資格を得る可能性を持つ人々が、どんどん年を取り、どんどん数が減っていく。

以前はうまくいっていた制度が、時間の経過によって不都合が出て、このままでは将来の破綻が予想できるが、根本的な改革をせず、破綻するときまでずるずる続ける。
現在の日本では、その現象が多々みられる。年金制度がそれで、天皇制も同類なのかもしれない。

ただ、今上天皇は、「自分の一族の存亡の危機」である自覚から、問題を次世代に残さず、自分の代でなんとかしよう、それが責務と考えているのではないだろうか。
天皇の内面の推測はなるべく避けたいが、「合理的・論理的な思考ができて、思慮深く、責任感の強い人」であれば、そうではないか、それが理にかなう、と思う次第。

付記すると、私は、「天皇制、なくなるなら、それでいいじゃん」派である。
今上天皇個人に対しては、その言動から、尊敬の念を抱いている。しかし、「国家の制度」としては、話が別である。

Category :  社会
tag : 
TVや新聞はリオ五輪の報道で溢れ、「東京五輪」の単語が目に触れることが一段と多くなってきて、癇に障る。

理由は、東京五輪の頃までに自宅の住環境が悪化することが決まったため。

羽田空港の飛行ルートが変更され、自宅近くを航空機が飛ぶ。

騒音が降り注いでくる。


羽田の飛行ルートは、これまで東京都心を避けてきた。
が今後、国際線の増便が不可欠であり、「東京五輪を円滑に開催」するため、2020年までに新たな飛行ルートを実施する。のだそうだ。

羽田の増便は、利権集団にとってかねてからの既定路線で、東京五輪があろうがなかろうがいずれは実施されるとみなすものだろう。
しかし、明確な時期を定めて実行に移す「格好の理由付け」にされた、と思う。

五輪による利得を目論んでいる人々は、騒音被害に多少の不安・不満があっても、五輪を盾にされると反対できない。

航空機騒音の受取り方は、個人差が大きい。
飛行時間帯に自宅に滞在しない、あるいは窓を閉めて暮らす習慣の人は、気にしない。

現に、反対の声を挙げた人はごく僅かだ。
低空飛行の真下のエリアは、被害がかなり大きいはずだが、都市住民は、そういった「想像力」を欠く人が多いのだろう。
大震災がここまで警告されていても充分な備えを怠るのと同様。

私の場合は、低空飛行の真下ではなく、騒音の程度は飛んでみないと判らない。
もしかしたら我慢できる程度かもしれない。
しかし我慢できない場合は、引越しを検討することになるだろう。

今の住まいは不満は何もなく気に入っている。騒音で引越しせねばならないとなれば実に不本意だが、20年の歳月が経てば、住環境に変化が生ずるのは止むを得ない。
運の悪い話ではあるが、非常に悪いと嘆く範疇には入らない。

近隣住民との意見交換では、「沖縄の人のことを考えると、私たちが文句を言えるとは」「伊丹を知っている。あそこまでではないのでは」「今まで、千葉県に押しつけてきたのよね」

とはいえ、オリンピック東京開催に最初から反対していた都民として一言。

「そらみろ。ロクなことにならなかった」


Category :  社会
tag : 
「皇太子ご一家、奈良の神武天皇陵を参拝」という記事の見出しを見て、「神武天皇陵?実在しない人物なのに陵があるのか?奈良のどこだろう。記憶にない」

続いて記事の中の「今年は初代天皇とされる神武天皇の没後2600年にあたる」に、啞然となった。

瞬時に浮かんだのは、「き~げんは、にせ~んろっぴゃくねん、あ~あ、い~ちおくの~むね~はなる~」のメロディー

2600年は、戦時中の話では。
なんで今頃こんな話が。

あ、あれは即位の年からのカウントで、今度は没後か。
いや、ちょっと待て。70年以上経っているぞ。
何歳で即位して何歳で死んだことになっているんだ。

ま、いいや。
それより神武天皇陵の場所は?

調べると、「橿原神宮の北隣」だった。

ああ。そうか。
橿原神宮は、神武天皇を祀る神社だ。
合点がいった。



橿原神宮。
この固有名詞は、「母が忌み嫌っていたもの」として、私の記憶に刻まれている。

母は、古代史や古典が趣味で、古事記や日本書紀や万葉集の講義を聴きにカルチャーセンターに通う人だった。
旅行が好きで、奈良や京都の史跡や神社仏閣に足しげく通った。

けれども、橿原神宮には決して行かなかった。
奈良は古代史の舞台だから、母が最も好み、それこそしらみつぶしにしていたのに。

「友達には笑われるけれど、どうしても嫌なのよ」

母は、昭和初期の軍国教育を受けて育った。
八月十五日に、重大放送があると聞いたとき、「これから本土決戦という放送だな。よし、一層気を引き締めて頑張ろう」と思ったそうだ。

敗戦後、何が悔しかったといって、「嘘を教えられた」ことが、一番悔しかった。
そう言っていた。

国の指導者たちは、国民に、自分たちにとって都合のよいことだけ知らせ、都合の悪いことは知らせなかった。
情報を隠蔽し、統制して、真実を国民の目から遠ざけた。

指導者に疑いを持たず、彼らの命令に従って過ごしていたら、生活の質が徐々に損なわれてゆき、ついには破滅的な状態に陥った。
為政者たちが退き、別の為政者に代わったとき、初めて、真実を知った。

戦前、実在したとされた神武天皇は、戦後、実在が否定された。

橿原神宮は、母にとって、戦前の日本社会の「虚偽の象徴」だったのだろう。



母は、もしもできることなら、戦後に生まれたかっただろう。
母の時代、「女は」、上の学校にいかせてもらえなかった。
弟たちは、みな行かせてもらえたが、自分は行かせてもらえなかった。

女は、教育を受けさせなくてよい。
女は、男に従っていればよい。
いや、違う。
女は男に従え。

「それが普通」の時代だった。

変わったのは、国が戦争に負けて、アメリカ人たちがやってきたときだった。



母の無念を思い起こすとき、私は、自分の時代の教育に感謝をする。

国の指導者たちは、「国のため」の名のもとに、民に犠牲を強い、民を死に至らしめる。
その過去を、決して忘れてはならない。

そう教えてくれたのは、戦後の教育だ。

現在の政権とそれに組する人間の多数が、「歪んだ戦後教育」という言葉を用いて貶める。
私の見方は正反対だ。
戦前の教育を恨み、戦後の教育を羨んだ母が、一番の根拠である。



尚、私も橿原神宮には行ったことがない。

理由は、創建が明治時代と非常に新しく、見応えのある歴史的な建造物等が何もなかったため。

現在の歴史学で認められた古代の史跡や文化財しか興味をひかれなかったので、結果として旅行プランに入らなかった。

Category :  社会
tag : 
参院選の情勢報道をみると、改憲勢力が3分の2をとりそうだ。
確定ではないが、自民党側が猛烈なラストスパートをかけているので希望的観測を持たない方がよかろう。

つまり、憲法改正が現実のものになる。

・・・・

いやーー
日本国憲法がワイマール憲法の轍を踏むのを、自分の目が黒いうちに見ることになるとは思わなかった。


タイムスリップして、大学生のときの自分の前に現れて、現状を伝えたら、「うそだ、ありえない!」という反応が返ってくるだろうな。


・・・・・・

これが、「時が経つということ」なのだ。

勝算のない総力戦をやって、多数の国民を死に向かわせ、国土を焼け野原にした挙句に負けてから、70年経つ。

70年経つと、社会を構成する人の多くが入れ替わる。
70年前の大人は、ほとんど死に絶えて、もういない。

歴史を読むと、人類は悲惨な経験を繰り返してきたことが判る。
なぜ、失敗を教訓にできないのか。
同じ愚行を繰り返すのか。

答えは簡単だ。
人が「入れ替わる」からだ。

ひどい経験をした当事者は、もういやだと懲りる。
日本でいえば私の親の世代がそうだ。
国の指導者たちは、日本は強い、勝つ、とガンガン戦争を進め、彼らの言うことを鵜呑みにして従ったら、とんでもない結末になった。

指導者たちが国民に嘘をつき、事実を隠してきたことを、戦争に負けたあとに、初めて知った。

権力者を信用したらダメだ。

だが、彼らの次の世代は、「失敗」を自分で経験していない。
前の世代がした学習は、世代を越えて引き継がれない。

一部の人は、次代に引き継ぐ努力、受け継ぐ努力をする。
しかし一部にすぎず、過去の記憶はどんどん消え去っていく。

だから、同じ愚行を繰り返すのだ。

教訓は、一世代分の時間しか持続しない。
人一人の寿命の長さが精一杯、ということだ。


・・・・・・・・

いま、日本の有権者のほとんどは、自民党の改憲草案を読んでおるまい。

読んだとしても、意味を理解できる人は一部だろう。

憲法が変わることが、どのような意味を持つか。
これは、一定レベルの教育・知的訓練を受けないと理解できない。

「法律」の意味を理解する能力は、日常生活の中で得られるものではない。
私は、高校では全く得なかった。高校までと大学とでは教育の次元が全く別だ。

それを判っているので、自分の周りにいる「興味ないから投票にいかない」という人を説得することに空しさを感じる。

「わかりやすく」した説明は、やるべき「本質的な思考」から外れてしまう。

「考えることが苦手な人」は、存在する。それが現実だ。
走るのが遅い人がいるのと同じこと。

「本を読む習慣がなく、物事を深く考えることは苦手で、読売新聞を購読し、フジテレビを見る」人に、どう話をすればいいのか。

・・・・・・・

投票に行かないのは、態度保留じゃなくて、今の政権に対して白紙委任するのと同じなの。
このままだと安倍政権が勝つのね。
そうすると、「国民の信任を得ました。私のやりたいことをやります」となる。

するとどうなるかといったら、これから、社会保障がどんどん削られるよ。

あなたは、いざとなったら生活保護を受けられると思ってるだろうけど、これから年寄りと貧乏人がガンガンふえて、福祉の予算がきつくなる。
そしたら、今のように、簡単に金をくれなくなるよ。

ここで、憲法改正の話ね。
「家族は互いに助け合わなければならない」という条文を新たに入れたい、と自民党は言ってるの。

その条文のどこがおかしいの、家族は助け合うのが当たり前じゃないの、て?

あのね。今は、憲法にそういう規定はないから、困窮したら、役所がお金を支給してくれるの。
福祉というのは、憲法に規定された根本的な理念に基づいて、制度が作られて、行われるものなのよ。

家族は互いに助け合わねばならないという改正が通ったら、「困ったときは、まず家族が面倒みろ。家族がいるなら、(今までのように)役所に助けを求めに来るな」という流れになるわよ。

先日NHKが介護殺人のドキュメンタリーで、認知症の母親の介護に疲れて殺してしまった息子が、「家族だから」自分が介護を背負わなければならなかった、と返答するシーンを使ったんだけど、こういうふうに追い詰められる事例を増やすことになるでしょうね。

「お金をたくさん持ってる人」は、一向に平気よ。
金を積めば入れる介護施設はいくらでもあるから。

今の自民党の権力を握っている人たちは、今の憲法は、国民に権利を与えすぎている、基本的人権なんかいらん、こんな権利が国をダメにした、と主張する人たちなんだよね。

正直に言えば、この「基本的人権の否定」の思想が、国防軍を持とうという主張よりももっとヤバい、と私は思ってる。

いま、貧乏人が急速に増えてるのよ。
私達の親の世代は、中流が多数だったけど、その子の世代は、どんどん中流から転げ落ちてる。
うちの一族が、そのまんまでしょ。

今の政権は、少しの金持ちと大量の貧乏人を作る政策をとっていて、貧乏になるのは自己責任、という考え方なの。
強くて能力のある人はいいけれど、それ以外の人には厳しくなっていくわ。

・・・・・

と、「あなたの生活に関係あるのよ。○○市は財政が厳しいから、財布のヒモが堅くなるのが目に見えてるわよ」という論法を使っても、「私、この先そんなに長く生きていないし」と返ってきそうな気が。
この台詞を言われると、打つ手がないのである。

・・・・・

補足すると、改憲発議で最初に出てくるのは、緊急事態条項である。家族条項ではなく。
緊急事態条項のヤバさについては、以下で。
報道ステーションが今年の3月に放映したもの


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。